土砂降りの災難

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土砂降りの災難

   玄関からの短い廊下に設置された簡易式キッチンで、翠は腹立ち紛れにパスタを茹でている。  背後のバスルームから聞こえてくるのは下手な鼻歌。  湯船に浸かり、ご機嫌のようだ。  客の名は舘崎。  翠のお気に入りの喫茶店『(けやき)』のマスターだ。 『欅』は古材が使われた梁が目を引く古民家風の喫茶店で、地元住民の憩いの場。  駅とアパートの中間地点に位置するので、翠も遅番の日や休日はモーニングを楽しんでいる。    珈琲にキャベツとハムエッグのホットサンドとポテトサラダがついて600円は中々お値打ちで贅沢な朝食だと思う。  けれども……  けれども、だ!    翠は声を大にして言いたい。  マスターの舘崎には爪の先程も興味が無い。  それなのに……  この展開。  当然のことながら、翠は仕事帰りも『欅』の前を通るのだが、そこを舘崎が目聡く見つけて、晩飯に誘ってきたのだ。  舘崎は、ハイブランドのロゴ入りTシャツとジーンズといったスタイルで、コックコート以外の舘崎を見たことがない翠は、一瞬、誰だか分らなかった。    実は、長年しつこく言い寄られていて、最近は邪険にするのも面倒。  そこに一日の労働の疲れと空腹が加わった翠に拒絶する気力は残っておらず、ラーメンぐらいは、と……  誘いに乗ってしまった。    そして、駅とは反対方向にある町中華『蘭々』に向かって歩いていると、ゲリラ豪雨が襲ってきたのだ。    折しも、アパ-トは間近。    ずぶ濡れになった舘崎は、千載一遇のチャンスとばかり、翠に部屋での雨宿りを請うてきた。    立ち籠める暗雲は分厚く、その時の激しい雨は、正にバケツをひっくり返したよう。  翠は困っている人に手を差しに延べてしまうのが性分。  舘崎を放して(ほかして)自分だけ帰宅するなど到底、出来なかった……
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