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「寿葉ちゃんただいまー」
「おかえり、遠矢。最近仕事忙しいみたいだけど、ちゃんと食べれてる?」
「食べてる食べてる。むっちゃ食べてる」
就職が決まった遠矢は、相変わらずうちに唐突にやってきては、食事をしている。時には直矢の使っていた布団で寝るものの、特になにごともなく帰って行く。互いに家にやってきたときは、食事代を支払うか、家事をひとつやっつけるかして、寝泊まり代としているけれど。遠矢はいつも食事代を支払った上に、食器洗いを台所掃除と一緒にやってくれるもんだから、私も同じようにしている。
そんな遠矢が唐突に言い出したのだ。
「俺、そろそろ結婚したい人ができたんだ」
「……私のとこに泊まりにくるのまずくない!?」
思わず悲鳴を上げた。
女性からしてみれば、兄の嫁の家に遊びに行っていると聞いたら、普通は未亡人の面倒を見ているなんて思わない。女性は思っている以上にパーソナルスペースが広いんだから、普通は怒るだろう。
そう思ったものの。
「いや、あっちも『わかるー』と言ってくれたから、それで意気投合して結婚しようかにまで話が進んだ」
「待って。なんで話が合うの!?」
遠矢の話を一から十まで聞いて、思わず目が点になってしまった。
親の再婚がきっかけで義兄妹になり、婚約者と死に別れてしまい燃え尽き気味の義兄の世話をずっとしていたという。下世話な方向で考えると、義兄妹なのだから、彼女と結婚するんだろうかと思われ勝ちだが、ふたり揃って「それはない」と話をしていたという。ふたりとも、血が繋がってなくても完全に本当の兄妹として育っていたため、互いをそんな風に見られなかったと。
その妹とは、仕事先の飲み会で出会い、互いにそこで息が合ってしまったという。
「はあ……世の中って広いようで狭いのね。まさかうちみたいなのがいるとは思っていなかったけど。でも、そちらは再婚からの義兄妹だったけど、うちは幼馴染で、あちらはなんとも思ってない? 大丈夫?」
「というかさあ。兄貴の嫁に手を出す最低なのがいてたまるかよ。しかも小さい頃から顔見知りなのにさあ。それで彼女と結婚したいんだけど」
「そりゃ賛成するけど。でも私がその手の結婚式に行って本当に大丈夫?」
「というかさあ。俺は俺もだけど、寿葉ちゃんに幸せになってほしいからさあ」
「はい?」
私は訳がわからないまま、遠矢の結婚式に参加する旨を了承した。
なんだろうなあ、遠矢が結婚すると、どうして私まで幸せになるだろう。
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遠矢の結婚式に、久々にドレスを買い、それを着て参加する。関係者席に通され、そのまま座っていたところで、ひとりでぼんやりしている人を見かけた。
「あのう?」
「ああ、遠矢くんのお姉さんですか?」
「どうしてそれを……」
「今日はうちの妹の結婚式で、妹からずっと話を聞いていましたから」
それに私は目を剥いた。
遠矢と晴れやかに笑って、ミモレ丈のドレスで楽しげに笑っている女性を優しげに見守る人。私と同じように、大事な人に旅立たれてしまった人だ。
私たちは淡々と話をしていた。
どちらも血が繋がっていない弟妹に迷惑をかけてしまったこと、後追いしようとするタイミングで邪魔をされ続け、気付けば普通に一緒に楽しく生活を送ってしまったこと。
周りからはそのせいで誤解をされてしまったけれど、どちらも弟妹の幸せを願っていて、自分にかまけずに先に進んで欲しいと。
「言っていたら、ふたりとも結婚して旅立ったんですけどね。そしてどうしても結婚式に参列しろと念押しされて」
「ああ……うちもですよ。それにしても、似てますね。私たち」
「本当に」
おそらくは。遠矢も妹さんも、私たちのことを心配して、似たもの同士ならば、互いにプレッシャーを与えることなく一緒になれるんじゃないかと仕組んだんだろう。
私たちは結局、連絡交換だけしておいた。
「もし、『ただいま』と言ったら、『おかえり』と返す関係になれたとしたら、どうしますか?」
「そうですね……墓参りに行きたいです」
「ああ……わかります」
大事な人を亡くしてしまい、周りに見守られてなんとか生にしがみついている。ちょっとひとりで立てるようになったら、やっと私たちは向き合えるんだろう。
それをしばらく待つことにした。
「ただいま」と言えば「おかえり」と返す。
そんな生活になるのは、まだもうちょっと先の話。
<了>
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