山でお祝い

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「よし」  岩永綾は、思わずそう喜びの声をあげて、ケーキ屋を出る。 店のドアを開けると、甘い香りが外に流れ出し、通り過ぎる人々の視線を引き寄せる。 今日は弘明の誕生日。彼氏であり、同士であり、ライバルでもある特別な相手。 綾は、心が弾むような気持ちを抑えきれず、軽やかな足取りで歩き出す。  彼女は、柔らかな栗色の髪を一つに束ね、清楚な白いブラウスと薄い青のスカートを身にまとっている。 日差しが彼女の髪を照らし、微かに輝く様子は、まるで初春の光のように柔らかい。 普段は控えめで、周囲に溶け込むように振る舞う彼女だが、それは全て当たり障りのないもの。  そんな彼女の心に火を灯したのが、高橋弘明だった。 学生の頃に文芸部に所属していた綾は、社会人になっても執筆を続けていたが、そのことは誰にも話さない秘密にしていた。彼女は、誰にも知られたくないという恥じらいと、一人で書き続ける孤独と戦いながら、日々を過ごしていた。  ある日、新人の弘明が入社してきた。 彼は、まるで天気の話でもするように自然と、趣味で小説を書いており、コンテストに応募もしていると公表した。
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