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「試練」
「アッロマーヌ国の“ウィード”だって?」
ヒロキは白けた顔付きで顎杖をつき、遊牧民仲間の青年を見た。
「ああ。戦闘部隊のな。
ミドルかベース、どっちかの階級に所属する戦闘士のことさ」
二人は広原で向かい合い、地べたにあぐらを組んで座り、巻きタバコを燻らせている。
「そんくれえ知ってるよ。
ドリンガデス国の“シェード”と並んで有名だからな。
けどよ。シェードと違ってウィードってのは、まともじゃねえヤベえ連中だったよな」
「特にヤベえのはウォッカード隊長率いる超攻撃型のミドル部隊なんだけどよ。
最近そのミドル部隊に、桁外れのイカれ野郎が入隊したらしいんだよ」
「イカれ野郎?
ハハッ。おめえこそイカれた面して深刻に語ってんじゃねえよ」
「からかうなよ、ヒロキ。
とにかくそいつの度胸は半端ねえんだ。
暗黒街を牛耳るギャング集団にたった一人で潜り込んでよ。
組織壊滅の立役者になったって話なんだ」
「なるほどなぁ。本格的にイカれてやがる」
「もちろん裏で手引きしたのも最終的にアジトへ乗り込んだのも隊長だったそうだけどよ。
新人がギャングの潜入捜査に抜擢されるなんざ前代未聞だろ。
よっぽど肝が据わってねえと果たせねえよな。
どうやらそれがそいつのデビュー戦だったようだぜ?」
「へぇ~ そりゃ華々しいデビューだな。
けどよ。新参者を抜擢した隊長の方が正真正銘の異常者なんじゃねえの?」
「バカッ! めったなこと口にするもんじゃねえよっ」
青年は、あせあせと周りを見回しつつヒロキをたしなめる。
「こんな広原のド真ん中で、他に聞いてる奴なんかいやしねーよ。」
「そりゃそうだが……
アッロマーヌのウィードを甘くみちゃいけねえ。奴らはどこにひそんでるか分かりゃしねんだ」
「んなこたぁ、どーでもいいからよ。
イカれ新人野郎がどうしたんだよ。さっさと続けやがれ」
ヒロキは、作りたての魔山羊乳酒が入ったボトルを手に取り、青年に差し出した。
「ヘヘッ、サンキュな。そーそー、そのイかれ野郎だ。
俺もこないだ初めて、知り合いにコッソリ教えてもらったんだけどな……
なんでもそいつは、人間と魔族の混血だって噂なんだ。
な? ヒロキ。いくら無頓着なお前でも、おんなじブレンドの武勇伝ならちっとくらいは関心もてるだろう?」
「ブレンドねぇ。
よくブレンドが戦闘士になれたもんだなぁ」
何事にも深い関心を示さないヒロキだが、この内容には少し興味がわいた。
「まずは隊長に弟子入りしたみたいだぜ?
つっても、俺たちには想像もつかねえ苛酷な道のりだっただろうがな」
「そりゃご苦労なこったな」
「そういやぁ、もうすぐそいつの誕生日で、歓迎会を兼ねたバースデーパーティーやるんだってよ。
きっと俺たちが体験したことねーような暴威をふるって、ド派手な乱闘パーティーにするんだろうな」
「へぇ~ 新入りってのも大変だな」
「おっと、いけねえ。もう行かねーと。食堂のおばちゃんとバーターの約束してんの忘れてたよ」
青年は、魔山羊乳酒のボトルをバッグの中に突っ込み、タバコを鉄皿に置くと急いで魔馬の背にまたがった。
「いいパスタが手に入ったら分けてやるからな」
「俺はパンとミルクと肉があれば十分だよ」
「ま、そう言うなって! じゃあな、ヒロキ!」
「ああ、またな」
ヒロキは適当に青年を見送った後、組み立て式住居のテントに目をやった。
「聞いてたか? 焙義クンよぉ」
ヒロキがそう呼びかけると、テントの中からブレンド仲間の兄貴分、焙義が出て来た。
焙義は脇に、愛刀「深中浅」を挟んでいる。
「桁外れのイカれ野郎か……
俺の弟にふさわしい言われようだな」
「煎路の奴、まさか戦闘士にまでなってやがるとはなぁ」
「俺たちも負けちゃいられないぜ、ヒロキ。
モンジさんに相当鍛えられ強えの相手に実戦も重ねてきたんだ。
こっからは世の中の役に立っていかねえとな」
焙義はおもむろに刀を鞘から抜いた。
抜くや否や、刀の切っ先に太陽の光が当たり、反射光が眉間を直撃した。
まぶしくて思わず目を閉じた後、うっすらと目を開け、焙義は広原のはるか先にある地平線をぼんやりと眺めた。
「誕生日か……
あれから十年。煎路ももうじき226歳になるんだな……」
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