「試練」

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 ボール(あつか)いから少しは昇格(しょうかく)したのだろうか…… 「兄者(あにじゃ)が魔犬たちの世話(せわ)をさせるなんてさ。アンタ、見込(みこ)みアリなんじゃねえの?」  あんちゃんの妹、ルビーが言った。  彼女は多忙(たぼう)なあんちゃんに代わり、住み込みで魔犬の世話をしていた。  (やと)われているスタッフも数人いる。 「見込みアリねぇ……」  ルビーはそう言ってくれたが、俺は正直、(てい)()()報酬(ほうしゅう)雑用(ざつよう)を押しつけられた感でいっぱいだった。  ただ、ルビーと過ごせる時間はものすごくラッキーだった。  俺と同世代、人間の年齢(とし)なら20代前半だろう。  (つね)不機嫌(ふきげん)そうで口も悪く男っぽいが、深紅(しんく)の長い髪が魔性(ましょう)的でキレイな()だ。    あんちゃんが無類(むるい)の魔犬好きなら俺は無類の女好き。  通常ならとっくにルビーに猛烈(もうれつ)アプローチしている俺だが、ここはグッと我慢(がまん)だ。  ヘタにあんちゃんを刺激(しげき)してとことん(きら)われたりしたら、この三年の流血(りゅうけつ)骨折(こっせつ)も、血ヘドを()いてきた日々も全てが水の(あわ)だ。    せっかくこうして自宅に(まね)かれ、俺の(あい)魔馬(まば)、はっせんも一緒に納屋(なや)居候(いそうろう)させてもらえるようになったのだから。 「ヘッ。俺も成長したもんだぜ」  本能(ほんのう)(おさ)えられるようになった自分に拍手(はくしゅ)を送り、俺は自画(じが)自賛(じさん)した。  それはさておき……  来る日も来る日も魔犬たちと格闘(かくとう)するが、どいつもこいつもてんで(なつ)かない。  魔犬(やつ)らは俺の命令に全く耳を()さないばかりか超反抗(はんこう)的で  人間界の犬の方がよほど(かしこ)く可愛げがある。 「人にひどい目に合わされてきた魔犬ばっかなんだ。そんな簡単に信じてもらえるワケないだろ。  愛情深く気長(きなが)に世話してやんねえとよ」  ルビーの助言(じょげん)もあり、俺は魔犬(こいつ)らを大好きな女の子たちだとムリヤリ思い込み深い愛で(つつ)み込む事にした。  女の子だと思えばいくらでも気を長く持ち優しくなれる。  すると、二年を過ぎた頃には魔犬たちも次第(しだい)に心を開いてくれるようになり、だんだんと俺の命令に(したが)うようにもなっていた。  最後の一匹、リーダー(かく)特大犬(とくだいけん)を残して……  そしてさらに一年が過ぎる頃に(むか)えた、222歳のバースデー。  家族でもなく、仲間でもなく、恋人でもなく、人ですらなく、  俺は問題の特大犬に真正面からガン飛ばされ、自らの誕生日を(のろ)って……じゃない。(いわ)っていた。 「お座り」  と(めい)じたら特大犬(こいつ)は、(ケツ)をフリフリして脱糞(だっぷん)ポーズをとり、  222歳ホヤホヤの俺の目前(もくぜん)でホヤホヤの巨大な大便(ぶつ)(ころ)がしやがった。 「お手」  と命じたらあろう事か、俺の頭を思いっきりひっぱたき、 「おかわり」  と命じれば今度は、俺を()(たお)()みつけにしやがった。 「()せ」  と命じたらうつぶせに倒れた俺の背中に乗っかって押しつぶし、 「待て」  と命じれば俺の顔面(がんめん)を草と(どろ)に押しつけたまま、これだけは素直に長々(ながなが)と待ちやがった。  ――真っ暗だ。しかも、息苦しい……  特大犬(こいつ)はあんちゃんにしか懐いていないのだが、ルビーやスタッフ達の指示(しじ)にも一応(いちおう)は従う。  こんなナメた行為(マネ)をするのは俺にだけらしい。  数日後、予期(よき)せぬハプニングが起こった。  スタッフのミスで裏門のカギがかけられておらず、魔犬一匹が脱走(だっそう)してしまったのだ。  当事者(とうじしゃ)のスタッフは自分を()め、魔犬の無事を(いの)ると同時に、  あんちゃんの逆鱗(げきりん)()れるかもしれない恐怖(きょうふ)でひどくおびえていた。 「ビクついてんじゃねえよ。  兄者には(だま)っててやるからさっさと(さが)しに行く支度(したく)しろや」  ルビーはイラつきながらリュックに必要な物を手際(てぎわ)良く()め込み、  魔犬のリーダーである特大犬を連れて来ると首輪にリードを取り付けた。 「ビッグ。アンタの優秀な嗅覚(きゅうかく)だけが(たの)みの(つな)だよ」  言い忘れていたが、特大犬の名前は「ビッグ」だ。  ミスったスタッフの名はカヌプエ。  いかにも気弱(きよわ)そうな若い男だが、カヌプエは真面目な働きぶりでスタッフ全員から信用(しんよう)されており、魔犬たちにも好かれていた。 「ゴン!! 出ておいで!! ゴン!!」 「ゴン!! どこなんだ!? ゴン!!」  俺たちは手分(てわ)けして脱走犬、ゴンを懸命(けんめい)に捜した。  ビッグは迷う事なくユレブランスのコウリョー山へと進んで行き、傾斜(けいしゃ)がきつく歩くのも困難(こんなん)な岩場まで俺とルビーを誘導(ゆうどう)した。 「こんなとこにゴンが居るのかよ?」  歩きづらいうえ、とっぷり日は()(あた)りは暗くなっていた。  満月になる一歩(いっぽ)手前の中途(ちゅうと)半端に丸い月は、(あつ)い雲に(かく)されていた。  俺たち魔族の血を引く者は(みな)、魔族特有(とくゆう)の目を持っている。 “暗闇(くらやみ)仕様(しよう)の目”と言われ、暗い所でも見えるよう自由に切り替えられるのだ。  ただ、この“暗闇仕様の目”はガッツリ使えばそれだけエネルギーを消耗(しょうもう)してしまう。  だからたいていの場合、ぼちぼち見えるくらいのレベルで使い、体力の消耗を最小限にとどめている。 「ビッグ。どうした? ゴンがこの辺に居るのか?」  ルビーが問うと、ビッグはルビーを一度見上げ、それから後は(たき)の音がする方角へ足を止めずに進んで行った。  足場の悪さなど物ともしない。ルビーも俺もビッグにくっついて行くので精一杯(せいいっぱい)だ。 「生意気(なまいき)なだけあって、ビッグの野郎すげえな……」  俺がそう感心した直後、ビッグは突然、ルビーが(にぎ)るリードを振り払い(もう)ダッシュした。 「ビ、ビッグ!?」  俺たち二人はビッグに置き去りにされ、(きゅう)斜面(しゃめん)から(すび)り落ちないよう慎重(しんちょう)に後を追った。  滝の大きな水音が近くなるにつれ、周囲の音はほとんど聞こえなくなる。  そんな中、魔犬の悲痛(ひつう)な鳴き声が俺たちの鼓膜(こまく)(つらぬ)いた。 「あの声は……!?」 「ゴン……ゴンだよっっ!! ゴン!!」  男(まさ)りなルビーがいつになくうろたえ、顔色が()(さお)になっていた。  ゴンの身に何かあったのか……  俺はビッグに負けないくらいの速さで、走るというよりは連続ジャンプで岩場を驀進(ばくしん)した。  そして、滝の前の岸辺(きしべ)に出た俺が目にした光景(こうけい)は、とんでもなく衝撃(しょうげき)的なものだった。  厚い雲から出現(しゅつげん)した月が照らし出した光景とは――
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