第22話 傭兵ザイラス・レーゼンヴァルト

1/1
前へ
/25ページ
次へ

第22話 傭兵ザイラス・レーゼンヴァルト

 ザイラスの生まれは、大陸の西の端の半島にある小さな港町だ。実家はその地方の小貴族だった。  彼には兄がいて、家督はその兄が継ぐことが決まっていたので、父は下の息子を仕官学校に入れた。実家の後ろ盾がなくても、軍人になれば一人で食べていけると。ザイラスは船乗りになりたかったのだが、父の命令は絶対だった。  その仕官学校で彼は現実を知ることになる。剣術も学問も飛びぬけて成績は良かったが、それが災いして同級生の名門貴族の子息たちからの妬みを買い、酷い嫌がらせを受けることが何度もあったのだ。  その結果、ザイラスは胸の奥に異常なまでの出世欲を(たぎ)らせるようになった。 「貴方が? 信じられないわ」 「まだ16やそこらの青二才でしたからね。騎士として武勲を立てて奴らを見返すことしか考えてなかった。でもそこでも現実は甘くなかった」  士官学校を優秀な成績で卒業し、騎士の叙勲は受けたものの、仕官先はどこにも見つからなかった。同級生やその親が後ろで糸を引いて士官の話を悉く潰していたのだった。 「酷い話ね。それでどうなさったの?」 「仕官先があろうがなかろうが食っていかねばなりません。とにかく戦果を挙げたかったし。それで結局……傭兵になった」 「!」  傭兵、それは軍隊とは名ばかりの流れ者や賞金稼ぎの寄せ集め集団だ。 「いくつかの戦場を渡り歩いて、なんとか一個兵団の隊長になりました。あの頃は帝国内部のあちこちで争乱が起きていて、手段さえ選ばなければそれなりに稼げた」 「手段を選ばない、というのは……?」 「金さえ積まれれば、昨日の敵に寝返ることも厭わない、ということですよ。俺は悪霊に憑りつかれたかのように殺し続けた。殺さなければ殺されるし、一人でも多く殺せば金になる。騎士としての箔もつく……最低でしょう?」 「そんな……」 「だから俺の隊の傭兵は特に(たち)の悪いゴロツキばかりの集団になっていましたが、俺は気にしなかった。そう、あの戦までは……」  当時、大陸の南では異民族が侵略を繰り返し、諸国に多数の被害が出ていた。  ザイラスが18になった頃、積年の争いに決着をつけるため、大陸内で大規模な連合軍が結成された。 「俺はいつものように傭兵集団を率いて、連合軍に加わった。その時の司令官のお一人が、貴女のお父上でした。とはいえ立場が違いすぎて、雲の上の御方でしたがね」  その行軍中、連合軍がとある村に駐屯していた時だった。 「大陸でも端のほうは異民族と共生している地区も沢山あって、必ずしも民衆の感情が帝国寄りとは限らない。俺達が駐屯したのはそんな村の一つでした。……駐屯と言えば聞こえはいいが、実際のところは占領です。だから元から村人が俺達に向ける視線は冷たかった」  数日後、大事件が起きた。 「何が起きたのですか?」  ザイラスの顔が歪む。 「……俺の隊の傭兵の一人が、村長の屋敷に略奪に入ったのです」 「それは!!」  当時から帝国軍、諸国軍の如何を問わず、民間人への略奪行為は厳しく禁じられており、背いたものは問答無用で軍法会議、その内容次第では死罪も適用される重罪だった。 「俺は烈火の如く怒りました。でもその怒りは略奪行為に対してではなく、この醜聞によって自分の経歴に傷がつくことに対して生まれたものだった。だから当初は、一刻も早くその傭兵を断罪して処刑することしか考えてなかった」 「当初、は……?」 「ええ、当初は、ね。俺は自分が規律正しい人間であることを誇示するかのように、その傭兵の取り調べにわざわざ同席した。内心はそいつの事情なんてどうでも良かったんですがね。……でも話を聞いているうちに、どうにもやりきれなくなった」  その傭兵が略奪行為に及んだのには悲しい理由があった。 「その男は元々兵士でもなんでもなくて、山合の小さな村の農夫でした。彼の故郷は谷に囲まれた痩せた土地で、まともな作物はほとんど育たない。だから若者は村を出て、出稼ぎにいくしか生きていく術がなかった。手っ取り早く稼げる方法は一つだけ、女は体を売る、男は傭兵になる。それでその男は兄と一緒に傭兵団に入った」 「なんということ……」 「貴女には想像できない世界かもしれないが、そんな話は大陸中の至る所にあるんですよ。……もう、止めましょうか?」  悲痛な表情を見てザイラスは言ったが、オーレリアは答えた。 「いいえ、続けて下さい」 「傭兵が金を稼ぐ時に必要なのは二つだけ。一つは多く殺すこと。そしてもう一つは、自分が殺されないことです。死んだ傭兵には金は支払われない。その日生き残ることでしか命の価値がないんです。でもその兄弟には運がなかった。ある日の戦闘で、兄が戦死した」  当然のことながら、兄の死は無価値だった。 「その弟、確かヤンという名だったかが言うには、兄は故郷に家族を残していて、妻と4人の子供がいたと。だが一家の主が無一文で死んでしまったら、残された家族はどうなるか。良くて物乞い、悪くすれば全員飢え死にです。だからヤンはどうしても故郷に金を持って帰りたかった」 「それで村長の家に忍び込んだのですね」 「そうです。村で一番大きい屋敷だったから、金目のものがあるだろうと。そこで数枚の銀貨といくつかの宝飾品をポケットにねじ込んで、誰にも気づかれずに逃げようとした。……それで終われば、まだ良かったのだが……」  本当の悲劇はここからだった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加