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第7話 深まりゆく冬
「お帰りなさいませ坊ちゃま!」
リサの弾んだ声と、喜びを爆発させて跳ね回るマックスとジルの雄叫びで、選帝侯の屋敷は久方ぶりに明るさが漲っていた。
「冬の間中、大変でございましたでしょう。まあこんなに冷え切ってしまって。早く火のそばへ」
「ただいまリサ。毎年のこととはいえ、もうそろそろお役御免になりたいものだ」
「国境は如何でございました?」
「ああ、変わりない。多少の小競り合いはあったが、特に陛下に進言するほどのものでもないだろう」
「坊ちゃまが国境にいらっしゃる限り、誰も帝国に手出しはできませんもの」
「それはどうだかな」
ザイラスは馬から降り、手綱をニコロに渡す。
「お前も疲れただろう。今日はトリスタンを厩舎に繋いだらもう仕事は終わりだ。ゆっくりしてくれ」
ニコロも帰ってこられて嬉しいのか、朗らかに笑いながら返事をする。
「これぐらい平気ですよ。雪の中の行軍ぐらいこなせなきゃ、騎士にはなれません」
「ほう、将来有望だな。楽しみだ」
屋敷の中へ歩を進めながら、リサに問いかける。
「……で、どうしている?」
「ご自分でお確かめなさいませ」
「そうか。……ところでこの音楽は応接間のハープシコードか?」
二階の応接間からゆっくりとした旋律が微かに玄関ホールまで届いていた。
リサはふふっと笑い、
「この館で音楽なんて何年ぶりでしょうか。それにしてもお上手だこと。あらいけない、お鍋が」
それだけ言うと、厨房へ戻っていってしまった。
ガチャガチャと剣の音をさせながら二階へ続く螺旋階段を昇り、応接間の扉を開けた時、ザイラスは一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなったような気がした。
数年前に帝妃様から戦果の褒賞として賜ったものの、誰も触ったことのないハープシコードが、美しい旋律を奏でている。
否、美しいのは旋律だけではなかった。
そこには眩いほど美しい貴婦人が座っていた。
少年のように短かった髪は肩のあたりまで伸び、光を放っている。
痩せこけて血の気のなかった頬は心なしかふっくらとして、まるで開きかけた薔薇の蕾のようだ。
身に纏っている渋い緑色のドレスが透き通るような肌の白さを更に引き立てている。
その貴婦人はゆったりとした音色に身を委ねていたが、ザイラスの視線を感じたのか、ふと顔を上げた。
二人の間の空気が止まる。
その、窓から差し込む冬の日差しを受けて柔らかく輝く琥珀色の瞳が己の漆黒の瞳を真っ直ぐに捉えた瞬間、ザイラスは思わずよろめき、踵を返してその場を離れた。
そして、絨毯につまづきそうになり、よろけながら自室にたどり着いた時、ザイラスの思考は完全に停止してしまっていた。
翌日の昼下がりのこと、ザイラスがリサを呼んでこう告げた。
お客人を、今日の晩餐にご招待したい。受けてくれるか尋ねてきてくれ。
ほとんど期待はしていなかったが、ほどなくリサが戻って来て、返事を伝えた。
お受けいたします、と。
二人の運命が交わろうとしていた。
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