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<第二章>第8話 初めての会話
翌日の晩餐の場所に、ザイラスは1階のメインダイニングルームではなく、2階の自室の隣にあるこじんまりとした食堂を選んだ。
マホガニーのテーブルに白い麻のクロスをかけ、中央にはリサが庭の温室で育てているダマスクローズの花が飾られた。
蝋燭の灯りがグラスに反射して室内を照らす。
普段は着るものには全く頓着しないザイラスだが、流石に今日は洗い立てのシャツに袖を通し、揃いのジレとフロックコートを身に着け、オフホワイトのクラヴァットを襟元に結んだ。
食堂のドアをノックする音がして、リサが「おいでになりました」と告げる声が届く。
「どうぞ」
静かにドアが開き、衣擦れの音が近づく。
暖炉の前に立っていたザイラスが振り返り、初めて二人の視線が真っすぐにぶつかり合った。
「こちらへ」
ザイラスが彼女を席にエスコートし、自分はその向かいに腰を下ろす。
今日はサーモンピンクのドレスか。やはり美しいな。
思わず溜息がこぼれそうになる。
給仕がその年の葡萄の新酒を二つのグラスに注いだ。
ザイラスがグラスを持ち上げるのに合わせて、静かにグラスに手を伸ばす。立ち居振る舞いも完璧だ。
「回復を祝して」
酸味と渋味が喉を通り抜けてゆく。
乾杯から前菜が供される間を見計らって、ザイラスが口を開いた。
「怪我の具合は? もう回復されましたか?」
「……はい、すっかりお世話になってしまいまして。どうお礼を申し上げれば良いか」
「必要ありません。当然のことをしたまで」
「恐れ入ります」
束の間の沈黙。
「食事の前に一つ、お聞きしたいのだが」
伏せていた琥珀色の瞳がザイラスを捉える。
「何でしょう」
「何と呼べば良いだろうか。貴女の名前を教えて欲しい」
意外そうな表情。
「……オーレリア、と」
「良い名だ。東方の発音ですか」
「……貴方は?」
「ザイラスと呼んで下さい、オーレリア嬢」
「はい」
ここで料理が運ばれて来て、自然と会話が途切れた。
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