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第11話 偶然と必然
数分の沈黙ののち、再びザイラスが口を開いた。
「無事に帝都に着いたとして、その手掛かりからどう本人にたどり着くのです?」
意識して丁寧な口調に努めようとしている。
「……」
「貴女の生まれを使うおつもりかな」
「……! おっしゃっている意味がわかりません、わ……」
「残念だが、隠し通せるものではありません。貴族にも色々ある。これまでの貴女の振る舞いを見ていれば、そこらの下級貴族のご令嬢でないことぐらい分かる」
昨夜、ザイラスが帰還した時、オーレリアはハープシコードの音色に完全に身を任せていた。
今はただ、この旋律に全身で浸りたかったのだ。だからザイラスが2階に上がってきたことにもほとんど気がついていなかった。
ふと気がつくと、応接室の入り口に見上げるような男が立って、こちらを見つめていた。
恐ろしい存在感だった。まるで雷に打たれたようだった。
「どうやら図星のようですね」
ザイラスの静かな声で我に返る。
「どうなさるおつもりですか。ここの領主か、あるいは地方判事にでも引き渡しますか、わたくしを」
「それも悪くありませんな」
「……お願いします。わたくしをこのまま行かせて下さい。見逃して下さるのであれば、どんな条件でも」
「では取引をしましょう。今ここで」
「わ、わたくし、今は何も持っておりません! 貴方の望むようなものは何も……まさかわたくしの……」
「ご心配なさらず。貴女の名誉に傷がつくようなことは考えていない」
「では……?」
「その手掛かりとやらを見せてほしい」
「!?」
「貴女が帝都に赴いたとして、一人でその騎士を見つけ出すことは至難の業でしょう。私もそれほど顔が広いほうではないが、いくらかその世界で融通は利く」
「どういう、こと、でしょうか?」
「お分かりにならないか? 人探しを手伝いましょうと言っているのだが」
「……な、なぜ貴方が? 何のために?」
「貴女ご自身が先程おっしゃったでしょう。問題が解決したら私に礼をしてくれると」
「その気持ちは嘘ではありません」
「だから、貴女を手伝うことはいずれ私にも見返りがあるということでは?」
「それは確かにそうですが……」
動揺しているな。
無理もない、俺のことなど信用できるはずもない。
「でも、わたくしの問題に、貴方を巻き込む訳にはまいりません」
「私も巻き込まれようとは思っていませんでした。でも貴女の命を救ったものとしての責任がある。帝都は遠い。今回のようなことがまた起きないとは言い切れない」
それを聞いたオーレリアの目が潤む。
ずっと、心細かったのだろう。
たぶん相当の身分であることは間違いない。何があったのかは知る由もないが、本来ならこんな苦難を伴って遥か帝都まで旅をする必要などなかった筈だ、それもたった一人で。
そんな女性を、俺は助けてしまった。一度助けたのであれば、もう知らなかったことにはできない。
ザイラスはそういう男であった。
長い沈黙が続き、やがて遂にオーレリアが口を開いた。
「詩です」
「詩?」
「それから、騎士が持つ旗の切れ端も」
「その詩で何が分かるのですか?」
「その人の戦場での姿と、旗に描かれた紋章を謡った詩なのです」
「聞かせてもらえませんか」
オーレリアは窓のほうを向き、息を吸い込んだ。
業火を操る竜とともに、西の果てより出づる勇者あり
その白銀の剣は数多の血を吸って、なお輝く
我が願いを聞き届け給え、漆黒の闇と紅の稲妻よ
帝国の民は待ち望む、黄金の旗印を掲げる姿を
「……ここから先は分からないのです」
ザイラスは顔面蒼白になっていた。
その詩は、その姿は……では彼女が探しているという騎士は……。
なんということだ……!
「あの……どうかなさいましたか? 何か心当たりが?」
いつの間にかオーレリアがザイラスの横に来て、顔を覗き込んでいた。
琥珀色と漆黒の瞳が見つめ合う。
「何ということだ。……は、ははは……こんな偶然が」
適当な言葉が見つからず、乾いた笑いしか出てこない。
「この方をご存知なのですか!?」
「ええ、知っていますよ」
「誰なのですか!? 教えて下さい。帝都のどこに行けば会えるのですか!?」
「彼は帝都にはいません」
「えっ……!? では、どこに行けば会えますか? 教えて下さい。お願いです!」
一瞬躊躇ったのち、ザイラスはオーレリアの必死の懇願には応えず、燭台を持って立ち上がった。
「こちらへ」
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