第12話 私しかいない

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第12話 私しかいない

「どういうことですか? 貴方は何を知っていらっしゃるの? どうして何も言って下さらないの? どうして……」  詰め寄るオーレリアを無視して、ザイラスは食堂から出ていこうとする。  オーレリアも慌てて後を追う。 「待って、お待ちになって。説明して……」  食堂の右手、廊下の突き当りにはザイラスの書斎があった。  扉の前で立ち止まりるとジレのポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。   低い音を立てて重い扉が空いた。室内は真っ暗闇だ。 「入って下さい」  オーレリアに促す。 「貴女は帝都へ行く必要などない」  ザイラスは机の後ろに向かって静かに燭台を掲げた。 「貴女が探しているものはここにある。ご覧なさい」 !! 「そんな馬鹿な……」  オーレリアが信じられないといった表情で呟いた。  両手で口を塞いでいるのは、驚きのあまり叫び出さないよう、必死で自分を抑えるためだろう。  机の後ろの壁に掛けられたいたのは、ザイラスの旗印だった。  それは、白地に深紅の縁取りと金色の長い房。  そして中央に染め抜かれているのは、金の剣と、赤い瞳を持つ黒い火トカゲの紋章。  火トカゲ。神話に出てくる火を司る神、サラマンダーのことである。  更にその旗印の前には、手入れを終えたばかりのザイラスの軍装が立っていた。  全身を覆う漆黒の甲冑。黒いマントの胸元には1本の赤い羽根。  漆黒の闇、紅の稲妻、火を操る神の化身、血の赤。そして金色の剣と房飾り。  まさにザイラスの戦場での姿そのものではないか。  オーレリアがへなへなと床に座り込んだ。  震える手で、ドレスの胸元からペンダントを取り出し、中に収められたぼろぼろの布切れを取り出す。  それは血と泥で汚れてしまっていたが、白地に色褪せた深紅の縁取りと、ちぎれかけた金の房飾りと、黒い染め抜きの断片が辛うじて判別できた。  ザイラスがその布切れを受け取って、蝋燭の灯りを頼りに壁の旗印と見比べる。 「同じものだ」  そう頷いて振り返った。 「あの詩を聞いた瞬間に、自分のことだとわかった。それにしても驚いた」 「まさか、こんなところにいたなんて……私はずっと……」 「私も信じられないが、帝国広しといえど、この旗印を許されているのは私だけだ。強いて言えば竜とトカゲに違いはあるが、少し間違って伝わったのでしょう」 「あ、貴方は一体、誰なのですか……?」  ザイラスはオーレリアを見下ろしながら、低くはっきりとした声で告げた。 「もう名乗るしかないでしょう。私はザイラス=”サラマンダー”・レーゼンヴァルト、今は選帝侯とも呼ばれているが、皇帝陛下に仕える軍人だ」  皇帝陛下の名前を出すと自然に居住まいを正すのは軍人としての自然な敬意の現れなのだろう。  その蝋燭の灯りに照らされた横顔に、それまでの柔和な表情は全くない。そこにいるのは立っているだけで空気が震えるほどの威圧感を醸し出す大男。 「選帝侯、ですって……? まさか、貴方が……?」  オーレリアは疑いを拭いきれないといった様子で室内を見回した。  その様子を見ていたザイラスがはははと笑う。 「……ああ、この屋敷のことか。こんなしみったれた暮らしをしている選帝侯がどこにいるといったところかな」 「そ、そんなこと、は……」  オーレリアの目が大きく見開かれる。 「さあ、立って」  すっかり普段の顔に戻ったザイラスが、オーレリアの手を取って立ち上がらせた。 「この部屋、寒いな」  手慣れた様子で火を起こす。 「おっと」  まだ現実を受け入れられずよろけたオーレリアの肩を支えて暖炉の前の椅子に座らせ、自分も向かいの椅子に腰を下ろした。  そのまましばらく二人とも黙ったまま、赤く燃え始めた薪を見つめていた。 「どうして最初から名乗ってくださらなかったのですか。せめて選帝侯だということだけでも……。酷いわ、リサさんも何も教えてくれないなんて」 「彼らを責めないでやってほしい。私は誰に対しても、極力、名など名乗りたくないのです」 「……え?」  ザイラスの横顔に一瞬、悲しみの色が走る。 「私のことはもういいでしょう。今度は貴女の番だ。貴女の目的を聞かせてほしい」  その時、階下で小さな物音がした。
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