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第13話 ネズミたち
ザイラスとオーレリアの耳に、パリンというガラスが割れたような音がかすかに届いた。
瞬時にザイラスが立ち上がって壁に掛けてある剣を掴む。
「旦那」
いつの間にこんな近くにいたのだろう、ニコロがザイラスの前にひざまずいていた。
「……何人だ?」
「二人……いえ、三人かと」
「分かった。お前は裏門を頼む。ネズミ一匹たりともこの屋敷から逃がすな」
「お任せを」
いつものふざけた表情とは似ても似つかない様子でニコロは頭を下げ、裏階段を駆け下りていった。
「何が起こって……」
「シッ、静かに。貴女はここにいてくれ。絶対にこの部屋から出ないように。いいですね」
「あ、あの」
オーレリアの問いかけには答えず、ザイラスは書斎を忍び足で出ていった。
ザイラスの屋敷は玄関ホールが吹き抜けになっていて、螺旋階段で2階とつながっている。
夜は更けているが、壁の燭台の蝋燭のおかげて視界はそれほど悪くない。
階段を降りながら、ザイラスは玄関のドアが開いていることに気がついた。雪が吹き込んでいる。
そして、人の気配も。
ほお。いい度胸じゃないか。
ザイラスの口の端が冷たく歪んだ。
何が目的だ? 俺か? 彼女か? それとも両方か?
階段の途中で腰を低くして立ち止まり、気配を消してから、タイミングを見計らって一気に玄関ホールへ駆け込む。
「うわっ!! 何だ!! ぎゃあっ!!」
「やれ! やっちまえ!」
今のところ敵は2人。剣筋から見るに、物盗り目的のごろつきではなさそうだ。
剣と剣が激しくぶつかり合う。
だが、相手は戦場で死神とも悪魔とも恐れられる常勝将軍のザイラスだ。
同時に2人と戦いながらも、確実に1人目を壁際に追い詰めてゆく。
既に戦意を失った敵は、やみくもに叫び声をあげて切りかかってきたが、もはやザイラスの敵ではなかった。
剣をかわしながら足をかけて転ばせ、首の後ろに肘を入れて失神させた。
その間に螺旋階段から2階に侵入しようとしていた2人目を追いかけ、階段を昇り切る少し手前で食い止める。
またしても剣と剣のぶつかり合い。この男は下で転がっている奴よりは剣の腕は立つようだ。
螺旋階段という不安定な場所を巧みに利用して、ザイラスの隙をついてこようとする。
上等だ。
ザイラスは態勢を整えながら、舌なめずりした。
俺を怒らせたな。
頭上側から振り下ろされる剣を薙ぎ払い、攻撃を受け止め、切り返す。
そんなせめぎ合いがどれくらい続いただろうか。
敵の息が明らかに上がってきた。
今だ。
ザイラスは敵の足元をさらった。
「う、うわっ! あああ!」
バランスを崩した男は螺旋階段を一気に転げおちてゆく。
「いてえよ! いてえよう……」
どうやら骨折したようだ。片足の膝を抱え込んで、のたうち回っている。
「ぎゃあーーーー!」
階段をゆっくりと降りてきたザイラスが、その足を思い切り蹴り上げた。
「静かにしろ。死にたくなければな。俺の質問に素直に答えれば命だけは助けてやる。何が目的だ?」
「あう、あうう、た、たす、助け……俺たちは何も知らねえ」
「お前達、流れ者の傭兵だな。誰に頼まれた。答えろ。さもないと」
その時だった。
「危ない! 後ろ!」
螺旋階段の上から、鋭い叫び声が聞こえた。
ニコロの言うとおり、もう1人賊がいたのだ。
玄関ドアの陰に隠れて、ザイラスが背を向ける瞬間を狙っていたのだろう。
振り返ったザイラスの目に、剣を構えて飛びかかってくる男の姿が見えた。
しまった。
そして、次の瞬間、ザイラスは信じられない光景を目にするのだ。
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