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第15話 それぞれの朝
落ち着き払った様子で剣を鞘に納めたザイラスの背後からオーレリアの声がした。
「お怪我はありませんか」
「かすり傷一つ。貴女こそ、大丈夫ですか」
「これぐらい準備運動のようなものですわ。今は体力が落ちているのでちょっと息が切れてますけど」
「にしても、無茶なことを」
「坊ちゃま、どうかしましたか?」
使用人部屋の扉が開いてサラが顔を出した。騒ぎは聞こえていたはずなのに、平然とした表情だ。ザイラスとオーレリアが振り向くと、いつもと全く変わらないサラがいた。
(なんなのこの人たち? いったいこの家はどうなっているの?)
「ああサラ、遅くにすまないね。ネズミが出たんだ」
「もうこんな時間ですよ。お静かになさって下さいな」
「すまんすまん、気にせず寝てくれ。風邪を引かんようにな」
「はいはい、お休みなさいませ」
ドアが閉まり、静寂が戻る。
「あの」
「とにかく今日はもう休みましょう。色々なことがありすぎた。話の続きは明日」
「……はい」
部屋に戻ろうと階段を上りかけたオーレリアにザイラスの賛辞が届いた。
「助かりました。見事な剣筋でしたよ。良いものを見せてもらった」
オーレリアは無言のまま振り返らなかった……。
客間のドアが閉じるのを見届けてから、ザイラスはゆっくりと自室へ戻った。
暖炉の炎をぼんやりと見つめながら、記憶の糸を手繰り寄せる。
俺を探して……困った時には頼れという父親の言葉……金色の髪と琥珀色の瞳、そしてあの剣筋………。
俺は、俺は見たことがある……どこだ、どの戦場で、いつだったか……確かに見た……。
あまりにも多くの敵と対峙してきたザイラスにとって、戦場の記憶を繋ぎ合わせることは容易ではなかった。
結局、暖炉の火がほぼ消えてしまうまで、ザイラスは身じろぎもせず、思索にふけっていた。
翌朝、オーレリアはサラを通して、今日は少し頭痛がするので一日休みたいが、ザイラスさえ差し支えなければ夕食後、執務室を訪ねたいと伝えてきた。
もとよりザイラスには断る理由がなかった。
日が沈み、軽い夕食を済ませたザイラスが領主としての仕事をほぼ片づけた頃、執務室のドアが静かにノックされた。
「どうぞ」
衣擦れの音をさせながらオーレリアが執務室に入って来る。
ザイラスは目線を移した。
「お時間を作って下さり、感謝します」
「礼には及びません。座って下さい」
ふわり、と暖炉の前の椅子に腰を下ろす。まるで羽のようだ。
ザイラスは立ち上がり、暖炉にかけてある湯沸かしからティーポットに湯を注ぎ、しばらく待ってから2つのカップに茶を注ぐと片方をオーレリアの前に置いた。
その間、二人はずっと無言のままだった。
オーレリアの向いの椅子に掛け、足を組んだザイラスがカップに口をつけるのを待って、オーレリアも静かにカップを口元に運んだ。
「全部話して頂けますね?」
「……信じて下さるのであれば」
「それは内容次第だ」
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