第16話 過去へ

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第16話 過去へ

 オーレリアは膝の上で両手を組み直すと、美しい瞳を上げてザイラスを見つめた。 「今から9年前、ヴェルノー王国で起こった王家の内紛をご存知でしょうか」 「無論。帝国でもあの事件は大きく取沙汰され、皇帝陛下もお心を痛めておられた」 「帝国ではどのように伝わっていましたか」 「確か先王が私的に王家の財産を流用していたのが事の発端だと聞いている」 「それで?」 「それを弟君が断罪しようとしたので先王は先回りして弟君の殺害を企てたが、返り討ちに遭い、最期は自ら離宮に火を放ったと」 「……皇帝陛下はそれを信じたのですね」  ザイラスの脳裏に、あの時の帝国での騒ぎが蘇ってくる。  帝国の東方に位置するヴェルノー王国は小国ではあるが、帝国より遥かに長い歴史を持ち、金や鉄といった鉱物資源に恵まれて、交易も盛んだ。  また首都にある王立大学は大陸最高峰といわれ、ヴェルノー王立大学の卒業証書があれば大陸中のどの宮廷でも仕官できるとまで言われるほどの知の殿堂としても名を馳せていた。  当然のことながら、その王国を統べるヴェルネッケン家は大陸きっての名門であり、特に先王は歴代の王家の歴史の中でも突出して名君の誉高き人物と評されていたのだ。  だからこそ、その先王におよそ似つかわしくない醜聞と悲惨な最期は、帝国の宮廷にとって大きすぎる衝撃であった。  偶然その数年前に選帝侯の地位を賜ったばかりだったザイラスにとっても、影響は少なくなかった。  領主として選帝侯領の足固めをする暇もなく、混乱を逃れた亡命貴族やこの機に乗じた反乱分子が帝国内に流入することを防ぐため、国境の警備の強化に相当の労力を割かざるを得なかったのだからだ。 「それしか情報がありませんでしたからね。……なぜそんな話を今更?」  オーレリアはザイラスの問いには答えず、暖炉の炎を見つめた。  暫しの間をおいて、再び口を開く。 「先王の家族については?」 「確か王女と王子がおられたが、王妃ともども火災で落命されたと」 「一家全員、火にまかれて死んだ、といますね」 「遺体が見つかったのでしょう?」  ザイラスの頭に、かすかな疑念が湧いて来る。 (彼女は何を言いたいのだろう……?) 「そう、先王一家は全員死んだのです、全員」 「……」 「第一王女は10歳で、立太子の礼を済ませたばかりでした」 「長子相続でしたかな」 「先王一家は」  殊更にそのことを強調するように呟いたオーレリアがふふっと小さく笑い、顔を上げてザイラスを見つめる。  ゴクリ、とザイラスが生唾を飲み込む音が響いた。 「どういう意味ですか?」 「どうお思いになりますか? 果たして本当にそうだったのでしょうか?」 「な……」 「先王一家は死亡し、その存在は王家の恥として正史から抹消されました。でも」 「……何が言いたい……」 「もし、もしも、王子と王女が死んでいなかったら? 密かに離宮を脱出して、どこかで生きていたとしたら?」 「し、死体は確かに先王一家だと……」 「死体は黒焦げで、顔は判別できませんでしたわ。王妃は焼け焦げた真珠の耳飾りで、王女は身に纏っていたドレスの断片でしか特定できなかったし、王子に至っては亡骸すら見つかっていないのですよ?」 ダンッ!! 「なぜ! 貴女が! そんなことを知っている!?」  テーブルに力の限り両の拳を叩きつけてザイラスは叫んだ。  視界がぐるぐると揺れる。  まさか……まさか……  オーレリアの次の一声は、もはやザイラスにとって衝撃とすら呼べないものであった。 「王女と王子は生きています」 「それは……まさか……」  ザイラスはオーレリアの顔をまともに見ることができなかった。俯いたまま、テーブルについた両手をワナワナと震わせているザイラスを見下ろすかのようにオーレリアが立ち上がり、落ち着き払った声で続けた。 「そう、私がヴェルノー王国の第一王女にして正当な第一王位継承者、オーレリア・フォルツァ・ヴェルネッケンだ」
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