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第17話 王家の証
嘘だ……これは夢だ、夢に違いない……。
「そんな、そんな筈はない、何を根拠に……」
衝撃のあまり、テーブルについたザイラスの両手が激しく震え、冷汗が背中を流れ落ちた。
先程までとはうって変わった威厳に満ちたオーレリアの声が頭上から響く。
「父の顔は覚えておいでか、将軍? 貴方は父に会ったことがあろう?」
ゆっくりと目線を上げた時、ザイラスの記憶にある面影とオーレリア、そして昨夜の剣を構えた姿がぴたりと一致した。
先王の瞳だ。あの偉大な、高潔なあのお方と同じ、琥珀色の瞳……。
「ああ……」
思い出した……なぜ今まで忘れていたんだ……。
ザイラスの身体が勝手に反応して、気が付くとオーレリアの足元に跪いていた。
「顔を上げられよ、レーゼンヴァルト選帝侯殿」
見上げたオーレリアの表情はあくまで柔和ではあったが、同時に侵しがたい威厳を漂わせており、まさに君主に相応しいものであった。
「.....いや、しかし、ダメだ。俄かには信じられん。なぜ今になって、何を根拠に……証拠は……」
「座って下さい。信じられないのも無理はありません。この話にはまだ続きがある」
「お聞かせ願えるか」
どさり、と音を立ててザイラスが椅子に倒れ込むと、そのまま震える手で冷めきった茶を喉に流し込んだ。
「貴女がヴェルノー王国の王位継承者であるというのなら、証拠を見せて頂きたい」
「そう思われるのも当然であろう」
不敬であると叱責されるかとも思われたが、意外にもオーレリアは穏やかな口調で頷き、会話を続けた。
「……私は王位継承者しか知りえない秘密を知っている」
「秘密?」
「ヴェルノー王国では、王位継承者は戴冠しただけでは正式な王とは認められない」
「と言われますと……」
「ある重要なしきたりがある」
そのしきたりとは以下のようなものであった。
王が崩御すると、新王はまず教皇に親書を送る。
その親書を教皇が改め、新王に祝福を与えることで完全に正当な王としての即位が成立するのだという。
遥か昔、教皇庁の威光が絶大だった頃の名残りだ。
「なるほど」
「正直、教皇庁はすでに弱体化していて、その力は以前には及ぶべくもない。親書自体には法的な拘束力はないし、形骸化した前世紀の遺物といってしまえばそれまでではある」
「でもその儀礼を粛々とこなすことが、結果的にうるさい年寄りを黙らせ、国内での王の威信を絶対的に高めるのでしょう? であれば王室にとっては軽視すべからざることです」
オーレリアは意外そうな表情でザイラスを見つめた。
「……何か?」
「いや……貴殿は生粋の軍人であろうに、こんな古臭い形式的なしきたりに理解を示されるとは思わなかった」
「そこまで粗忽者ではございません」
……ふふふ、と小さくオーレリアが笑う。
「だがそこには大きな障壁があるとお見受けしますが」
「ほう?」
「教皇に、親書が間違いなく王からのものであることを、証明する必要がありましょう」
「流石ですね」
「そして、貴女はその証の立て方を知っている唯一人の人間、すなわち第一王位継承者であると仰る」
「そうだ」
「信じて良いものか」
「……」
オーレリアが一瞬、口を噤み、一抹の不安を滲ませながら答えた。
「今お話できるのはここまで……。が、すべて真実だ。あとは私を信じてくれとしか言えぬ」
ザイラスはテーブルに両肘をついて身を乗り出し、オーレリアに視線を向けた。
「もう一つ、ご質問させて頂いても?」
「お答えできることなら」
「なぜ、今なのですか。あれからもう9年も過ぎた。殿下が成長なさるのを待っていたとしても、いささか時が経ち過ぎてはおりませんか」
「今年で十年だからだ」
「十年に何か特別な意味が?」
ザイラスの疑問に対し、もっともだという表情でオーレリアは言葉を繋いだ。
「もちろん全ての王位継承において、滞りなく親書を送れるとは限らない。例えば王が後継者を指名しないまま急死した場合などだ。その場合、他の王族か摂政が暫定的に実質的な政を行う」
「当然、そうなりましょうな」
「その場合、一定期間、王位は空席となる。その期間が、十年」
「十年が過ぎるとどうなるのですか?」
「その場合は十年間、国を治めた者を次の王と認めるしかない。……ただ幸運にも建国以来、このしきたりが破られることはなかった。王家の人間が一丸となってこのしきたりを守り継ぐことによって、結果的にヴェルノー王国は内乱を抑止してきたのだ。だが今回、王国の長い歴史の中で初めて9年間もの間、王位は空位のままとなっている」
「なるほど。つまり今年中に親書が教皇の手元に届かないと、先王の弟君が名実ともに正当な王になってしまうと。そして殿下はそれを阻止せねばならぬと仰るのですね」
「そう、もう時間がない。今年の建国祭までに叔父から王位を奪い返さないと、父の死の真相は永遠に闇に葬り去られてしまう」
この時、ザイラスの頭にふと考えが浮かんだ。
「ということは……」
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