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第5話 琥珀色の瞳
ザイラスの屋敷の裏門は運河に面しているが、表門は領都の目抜き通りに面しており、その先には市場が広がっていた。
当然だが市場は領都で一番栄えているエリアで、常に沢山の人や荷車や馬車でごった返している。
その市場を抜けると、領都の外れの城壁に繋がり、城門を抜けるとその先はもう広大な草原と街道だけだ。
……そこには、帝都へ繋がる街道があるのだ。
ザイラスは心を決めた。こっちだ。
辺りをくまなく見回しながら、市場を進む。
「領主様、ご機嫌いかが」
「領主様、聞いて下され」
領主様、ザイラス様、将軍、選帝侯……
普段から領内の隅々にまで目を配っているだけあって、方々から声をかけられ、呼び止められてしまいそうになる。
いつものザイラスなら親しげに領民と会話を交わし、採れたての果物の一つもつまみ食いしたりもするのだが、今はあいにくその余裕はない。
「すまん、急いでてな」
群衆に片手を上げて会話を切り上げようとしたその時、ザイラスの視界にかすかに映るものがあった。
それは、明らかに死にかけていそうな人間が、建物の壁に縋り、足を引きずって、やっとのことで歩いている姿だった。
いたぞ。
人ごみをかき分けながら近づいたその時。
がくり、と娘の両膝が後ろ側に倒れた。
そのまま地面に全身を投げ出す、その寸前、すんでのところでザイラスは娘を抱き止めることができた。
(危なかった……)
「何を考えてるんだ! 動くなと言っただろう!」
焦りとも心配とも自分の思い通りにならない歯痒さとも理解しがたい感情が思わずこみ上げて声が高くなる。
「……おね……が……い……行かせて……会わなけれ……ば……」
一瞬、ほんの一瞬だけだが、琥珀色の瞳がザイラスを真っ直ぐに見つめた。
「しっかりしろ! 死ぬんじゃない! もう少しだ!」
ザイラスは全速力で市場を駆け抜けながら、頭の片隅で必死に考えを巡らせていた。
「クソッ!」
あの琥珀色の瞳……見たことがある……俺は……あの瞳を知っている……?
市場の喧騒はいつもと変わらず、領民は豊かな生活を全身で享受していた。
レーゼンヴァルト選帝侯領は、こんなにも平和なのだ……
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