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第6話 長い夜
顔面蒼白のリサに出迎えられて屋敷へ戻ったその夜、娘はひどくうなされるようになった。
ザイラスはなぜか彼女の容体が気になって仕方なく、夜が更けるまでそばに付き添っていたが、正直、もうこのまま逝ってしまうのではないかと思いかけていた。
「坊ちゃま、明日から国境警備にお出になるのでしょう? 早くお寝みにならないと」
リサに声をかけられて、ザイラスはあ、と我に返った。
「……ああ、そうだったな。なに、一晩ぐらい寝なくても大したことはないよ。心配するな」
「いけません、今晩は私が」
「いや、リサも色々と俺の支度で忙しいだろう。大丈夫だ」
「でも……」
「大丈夫だ。俺がやる」
「かしこまりました……」
あくまでも穏やかに、だがきっぱりと答えたザイラスに押されて、リサは渋々下がっていった。
真夜中を過ぎようかという頃、つい一瞬居眠りをしかけてしまったザイラスは、かすかな声を耳にしてはっと正気に戻った。
娘が両手を虚空に伸ばしながら、何かうわごとを言っている。
「……だめ……火……火が……」
「どうした? 悪夢を見てるのか?」
「い……かな……いで……おとう……さ……ま」
お父様!? おとうさまだと!?
ザイラスの全身に衝撃が走った。
だがそれはまだ序章であった。
「……おか……さま……を……た……けて……あんど……りゅ……はく……」
今、なんと⁉
この娘……アンドリュー伯を知っているのか? まさか、あのアンドリュー伯を?
あなたは一体誰なんだ……何をしようとしているのだ……
既にザイラスは、自身が望む望まないに関わらず、大きな、そして危険な陰謀に巻き込まれていたのだった。
彼の人生を一変させるほどの陰謀に。
やがて長い夜が明ける頃、娘の呼吸が安らかになり、深い眠りについたことを見届けて、ザイラスは部屋を出て行った。
そして漆黒の軍装に身を包み、屋敷を出て行った。
ほとんど奇跡とも言えることだが、彼女は危機を脱したのだ。
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