プロローグ

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プロローグ

 2012年11月某日。20時過ぎ。  夕方から降り始めた雨は次第に強さを増していた。  賀上(かがみ)伊織(いおり)は胸騒ぎを抑えきれず、傘も差さずに自宅を飛び出した。  加室(かむろ)英明(ひであき)の携帯電話に何度かけても繋がらないのだ。いつもなら2~3コールで出てくれるのに、何度かけても留守番電話に切り替わる。  すぐに彼の家へと向かったが、カーポートに両親の車はなく、家の中も電気がついておらず、インターホンを何度も鳴らしたが反応はなかった。 「加室君!」  ドアを叩いて名前を叫んでも、強い雨音にかき消された。  ここにはいないと確信した伊織は、思いつく場所を探した。学校へ行かず、一緒に隠れて過ごした除雪車車庫の裏。そこにも彼はいなかった。  伊織は中学校へと向かった。  伊織たちが通うS町立S中学校は、県道を曲がり、緩やかなカーブの坂道を登った先にあった。県道と中学校の間には直線にして80メートルほどの林があり、その林の中を通ると近道をすることができたため、生徒たちは先生の目を盗んで林の中を通っていた。  中学校は校舎の奥に校庭があり、さらにその奥は山になっていて、中学校全体がぐるりと林に囲まれていたこともあり、野生動物がたびたび目撃され、学校では安全のため林の中を通ることを禁止した。  『立入禁止』の看板に手をかけ、伊織は覚悟を決めて林の中へ入った。真っ暗で雨の降るなか林に入るのは危険以外の何ものでもなかった。木々や葉の影がいちいち恐ろしいものに見えて、心臓がぎゅっとなった。  雨でぬかるむ地面に、途中足をとられそうになりながらも伊織は林の中を走り抜けた。雨で全身ずぶ濡れだったが、林を出たあとは靴も靴下も制服のスカートも泥だらけになった。  林を抜けると校庭と校舎があり、その奥に体育館がある。もう先生たちは帰ってしまったのか、校舎を見上げても真っ暗だった。宿直室があると聞いていたが、どの部屋も灯りはついていない。  誰も、いないのだろうか。  暗闇に飲まれそうになりながらも、伊織はなんとか目をこらして加室の姿を探した。  体育館を見て、違和感を覚えた。一カ所、下部の窓がほんの少し開いていることに気づいた。下部の窓には鉄格子がはめられているが、一カ所だけ破損して鉄格子のない窓があり、その窓がほんの少し開いているのだ。  伊織はおそるおそるその窓に近づき、そこから体育館の中へ侵入した。  すると突然、雷鳴が響いた。  ほんの数秒後に、雷の光が真っ暗な体育館内を照らした。 「…………!!」  伊織はゆらりゆらりと不気味に揺れる影に気づいてしまった。  その瞬間、彼女は事態を把握し、膝から崩れ落ちたあと床に嘔吐した。 「×××××!!」  声にならない悲鳴を上げ、涙と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。  S中学校の体育館にはバスケットゴールが四カ所あり、そのゴールはギャラリーの柵の下に設置してあった。  伊織の目の前のバスケットゴールで、加室が首を吊って死んでいたのだ。  腰が抜けて立ち上がることのできない伊織は、なんとか床を這って、彼に近づいていった。床に落ちているものに気づき、拾い上げるとそれは紙だった。手触りで、封筒だとわかった。  何度目かの雷光で、その封筒に書かれた文字を読むことができた。  封筒には、『遺書』と書かれていた――。
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