飛躍、限界を超えて

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 インターバルの3分間、白井監督からの激が俺に飛んだ。 「内宮(うちみや)、水分補給は控えめにしろ。ジャンプのピークポイントが下がる」 「はい!」  俺は手渡されたタオルで汗を拭う。再び監督の声がした。 「いいか、最終セットは一瞬のミスが命取りになると心しておけ」 「「はい!」」 「かといってミスを恐れるのもダメだ。常に攻めていかねばこの試合は勝てない!」 「「はい!」」 「相手にポイントが入るのは、ボールがコート内に落ちた瞬間だ。床とコートの間に指が入れば、そのボールは死なずに生きる!コート外に出そうなボールも同じこと。ボールが生きている限り、死ぬ気で追いかけろ!」 「「はい!」」 「なんのためにお前らは血反吐まみれの試練に耐えてきた?」  俺達は互いを見つめ合い、頷いてから大声で答えた。 「「勝つためです!!」」  そう、俺達は頂点に立ち、最高峰から景色を眺めるため、必死に肉体をイジメ抜きボールにくらいついてきた。 「よーし!行ってこい!」  監督が一人ひとりの背中をバシンッと叩く。俺達6人は、かがんで円陣を組んだ。  キャプテンであり、ミドルブロッカーの沢田が絶叫した。 「ぜってぇー勝つ!」 「「おうっ!」」  気合いを入れ、それぞれのポジションに散らばる俺達。審判のホイッスルが鳴る。第5セットが始まった。  相手の鋭いジャンプサーブが飛んでくる。 「ナイスレシーブ!」  リベロの山本が見事に受け止める。一瞬だが、必死にレシーブとディグ練習している彼が脳裏を駆け抜けた。部活終わり、彼は俺にこう言った。 『わいの役目は、確実なレシーブでセッターに届けることと、どんな難儀なボールも拾うことや。せやから守備はまかしとき!』  バレーボールのため、大阪から単身、この東京へ来た山本。彼の積み重ねた努力の成果、安定したレシーブがセッター河上の元へ迷わず飛んでゆく。 「渉!」  河上の声と同時に、俺は助走を開始。見ずとも彼のボールは必ず俺のピークポイントにある。沢田のナイスフェイクが相手の2枚ブロックのタイミングと重なった。慌てて1人がブロックに跳び上る。 (遅いんだよっ!)俺は落ちる沢田の後方から鋭いスパイクを叩きつけた。  まずは1点先取。山川は今、ベンチにいる。彼はじっと俺を睨んでいた。  俺達のチームは、平均身長180センチと高くない。対して、相手高校の平均は185センチ。故にブロックのタイミングが合わなければ、相手のスパイカーにより得点されてしまう。  俺はスコアボードを一瞥。現在、13対13。後2点で勝負が決まる。  沢田がボールを高く放ち、強烈なジャンプサーブを打ち込んだ。だが、ラインギリギリを攻めたサーブは僅かに外れアウトになってしまう。相手に得点が追加。14点。マッチポイントだ。  俺達には暗黙の決めごとがある。それはミスを犯しても決して謝らない、と言うルールだ。ミスは無かったことにすれば良いだけ。この6人なら、それができると信じ合っているからだ。  相手高校のスタンドから歓声が沸き起こる。  俺は前衛に立つ山川を睨んでから戦闘体制を構えた。 「得点は見るな!ボールに集中!」  河上が皆に声をかけながら後ろ手にサインを出す。 沢田のスパイクに決定。俺達の役割りはフェイク。  相手のジャンプサーブが弾丸の如く俺達に襲いかかってきた。 「よっしゃーっ!」 リベロの山本が素早く走り、正面体制でレシーブ。河上がボールの下に回り込んだ。  相手のブロッカーは山川を含め、河上の上げるボールの軌道に集中している。俺は助走をつけて走る。山川は俺をロックして跳んだ。  だが、その前に沢田の早いクイック攻撃が相手コートにボールを叩きつける。 「よしっ!」 天井に拳を突き上げる沢田。  河上がワザと沢田にボールを采配したのは見え見え。河上は沢田のミスを自身で帳消しにすることで、彼の下がったモチベーションを上げたのだ。  14対14。デュースになる。ここからは連続で2点先取したチームが勝利となる。  額の汗が顎から落下。他の選手も同じようで、審判がプレーを中断させ、両者コートの汗をモップで拭うよう指示した。バレーにとって、濡れた床は致命的になるからだ。  試合開始。監督がボールを持つアウトサイドヒッターの諸橋(もろはし)に叫ぶ。 「ミスを恐れるな!攻めろ!狙え!」  諸橋は浅く頷くとボールを放り、高くジャンプした。諸橋はジャンプサーブが得意な選手。2セット中、6本のサービスエースを決めている。  ボールはネットスレスレの軌道でラインギリギリに落下。相手チームは、あまりの速度に動けない。  インか?アウトか?主審からインの判定。 「うおおおーっ!!」 皆で飛び跳ねて抱き合った。  ついに、俺達はマッチポイントに辿り着いたのだ。 「リラックス!ボール集中!」 河上の激が飛ぶ。  そうだ、後1点だと考えてはいけない。思うだけで緊張してしてしまい、動きがギコちなくなってしまうからだ。  再び諸橋のサーブ。今度は相手リベロが確実にレシーブ。セッターがボールをトスした。オポジットがレフトに走るのが見える。確実に決めたい時、セッターは高確率でオポジットを選択するはず。 「フェイクに騙されるな!オポジットだ!」  俺は叫んでレフト側へと走る。オポジットに的を絞り、3人が跳んだ。だが、オポジットのスパイクは強烈で、ブロックに弾かれず、こちら側に吸収されてしまう。  ネット際でボールが落下する。着地した俺達はディグ体制に間に合わない。その時、山本の手が勢いよく滑り込んできた。  床ギリギリでディグされたボールが宙を舞う。キュッと床が鳴り、河上が素早くボール下に回り込んだ。彼の目は俺を捉えていた。  時間がスローモーションになる。  俺は迷わず両足の筋肉を爆発させて跳躍。河上から繋がれたボールは0.001のタイミングで俺のピークポイントにセットアップされていた。  山川が跳ぶ。彼を挟んでの3枚ブロックだ。ネットから山川の広げた大きな手が人喰い花ように顔を出す。これも鉄板タイミング!  互いのピーク対決。角度もクソもない! (俺は山を超える!!) 「うおおおおーーっ!!!」  俺は全ての力を右手に集結させ、固く目を閉じボールをスパイクした。 パァンッ!  耳をつんざく強音がシーンと静まった体育館に鳴り響く。  次に聞こえたのはダンッという自分の着地音とホイッスル。同時に、俺はチームメイトに揉みくちゃにされた。 「何が……何が起きた?」  茫然とする俺に、河上が絶叫する。 「お前のスパイクが決まったんだよ!僕達が勝ったんだよっ!!」 「勝った。……俺達が……勝った」  俺はネット向こうに目をやった。皆、その場にうずくまり泣いている。その中で、山川だけが立って、俺を見据えていた。  ネットに手をかけ、山川は俺に手招きしている。恐る恐る近づくと、彼はこう聞いてきた。 「中2の全国大会を覚えているか?」  忘れもしない。冷ややかな目と冷酷な言葉。 『これがお前の限界だ』 俺は睫毛を伏せた。 「ああ、今でも鮮明に覚えてるよ。あの時、俺は初めて自分の限界を知ったんだ」  下げたツムジが、降ってくる山川の声をキャッチした。 「限界。ああ、そうだ。あの時のお前には、あの高さでスパイクを打つことが限界だった。なぜなら、セッターがお前のピークポイントにボールを置けてなかったからだ」 「えっ?」  顔を上げる俺。すると、山川の酷く優しい眼差しが俺を捉えてた。 「いいセッターに出会えたな」  山川はそう言うと、仲間達の元へ戻ってゆく。  決勝戦、俺達は初めて高校バレーの頂点に立った。山頂から見下ろす景色。それは、俺の予想とは違い、更に上へと続く(いばら)の山が聳えていた。  河上にも、それが見えたようで、帰り道、彼はこう言った。 「これからもさ、一緒に登山しようぜ」 「河上……」  彼がいなかったら、俺はバレーボールの本当の楽しさを知らずに時を重ねたのだと思う。そんな、お前にかける言葉は一つだけ。 「ありがとう」  俺が頭を下げると、河上のクスリと笑う声が聞こえた。 「その台詞は早い。世界の山頂で聞くから大切にしまっておけ」  河上はそう言い残し、夕暮れに染まる道を走ってゆく。  そして2年後、大歓声の中で、監督が俺を呼んだ。 「身体は温めたか?」 「勿論です。行きます!」  オリンピックの予選リーグ戦。俺は初めてコートにシューズを踏み入れる。先にコートに立っている河上がニヤリと笑んだ。 「おせーよ」  対イタリア戦。既に2セットを落とし後がない状況だ。3セット中盤、14対9と負けている。 「これからじゃあああーっ!!」  前衛で気合いの雄叫びを轟かすのは、ミドルブロッカーの山川だ。  日の丸を背負い 「さあ、行くぞ!」  俺は構えてネット向こうを鋭く睨む。  戦友達、一緒に登ろうぜ  未知なる世界の(いただき)に!  俺は自身の限界へ、挑戦状を叩きつける。  戦いの狼煙がキュッと鳴った。
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