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彼女の闇
誰にでも、抱えている闇が、少なからずある。
それは彼女にも備わっていることは、もちろん感じていた。
ただ、僕が感じていた彼女の闇は、日本画の墨絵ように凛とした、それでいて淡々としているものだと思っていた。
「追い出されたのよ、ダンナに。それがすごく悔しくて悲しいの。今までずっと家族のために尽くしてきたのに。それを全部否定されたの」
けれど、僕は思い違いをしていたみたいだ。
彼女の闇は、コールタールのように真っ黒でドロドロしていて
「ねぇ。あたし、そんなに悪いことしたかな? 浮気したからって、追い出すことないでしょ? 話し合いすら、もうけてくれなかったのよ」
たぶん、ベタベタしている。
「話し合っていたら、ダンナさんに謝って浮気相手とすぐに別れた?」
「ううん」
「結果が同じなら、話し合う必要ってある?」
彼女は少しだけ落胆したような顔をした。
この質問は、彼女が欲しい言葉ではないようだ。
「あたしは、ダンナにぶちまけたかったの。どうしてあたしが浮気したのか。あたしは家族のために、たくさん我慢してきた。毎日イライラして、限界ギリギリで。それでも、ちゃんと家のことをやってきたの。
あたしの城だったから、あの家は。
ダンナがやったことは、あたしの城からあたしを追い出したのよ」
「それなら、どうして「彼と別れるから許して」と言わなかったの?」
「あの家で暮らすことに、限界を感じていたから。彼はあたしのオアシスなの。別れることなんて、考えられない」
きっと彼女は、気付いていない。
答えは、とてもシンプルで簡単なことなのに。
彼女にとって、それはぼやけた虹だ。
境界線があやふやでいろんな色が混ざり合って、果たしてあれは虹だろうか?と思うような景色は、僕の目にはくっきりと見えている。
客観的な視線は残酷だ。
虹じゃないことは確かだ。
それは、ただの石橋だ。
なんの変哲もない。
ただの石橋なんだ。
Rops
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