第五章 そして、午後四時 3

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 薬草園のほうから歩いてきた人物と衝突しかけて、急ブレーキをかける。 「ご、ごめんない!」 「あら、リィル?」  赤茶の髪が揺れた。  エプロンをかけたリタが鉢植えの花を手に目を丸くしていた。 「凄い勢いだったけど……、何か、当番でも忘れた? 手伝おうか?」 「リタさん……」  目頭が熱くなるよりも早く、彼女が持っている鉢植えに目を奪われる。  鐘のように膨らんだ紅い花――、釣り鐘草だ。花だけでなく、茎や葉もうっすらと紅く光り、清らかな気を纏っている。 「それ……、もしかして……」 「そう……! ついにやったの!!」  子供のように目を輝かせ、リタは鉢植えをずいッと突き出した。 「見て! 紅龍の釣り鐘草の花が咲いたの……! さっき気がついたら咲いてたから、蕾とかは見れなかったんだけど……」 「さっき……? 夕方になってから咲いたんですか?」 「ええ、たぶんね。お昼に見た時は、まだ小さな芽だったのに……、他の薬草のお世話が終わって見てみたら、急に大きくなってたの……!」  涙ぐみ、リタは鉢をぎゅうっと抱きしめた。 「きっと……、私とイルクの愛と祈りが、紅龍皇帝様に通じたのね……! ありがとうございます、紅龍皇帝様……! 精霊王陛下、万歳……!」  噛みしめるように呟き、リタは満面の笑みを浮かべた。 「今からイルクに見せに行くんだけど、リィルも来ない!? 一緒に喜びを分かち合いましょう!?」 「あ、遠慮します。二人の邪魔したくないし……」 「あら、そう? それじゃあ、さっそく行ってくるわね! 待ってて、愛するイルク!」  スキップで医務室に向かう後姿を見送り、リィルは駆け出した。 (……貴方なんでしょ、イグ……!)  「昨夜」の夕食の時、リタはまだ花が咲いていないと言っていたはずだ。  紅龍の釣り鐘草が成長することも枯れることもなく、ずっと芽吹いたままの姿で何年も経っているのはリィルだって知っている。  リィルがこのフルスに来た頃から、紅龍の釣り鐘草は双葉をつけた姿のまま、変わっていなかった。  そんなものが、急に成長するはずがない。  急に花を咲かせるはずがない。  ――貴方が、咲かせてあげたんでしょ……?  幻想夜の中で、彼は紅龍の釣り鐘草を気にかけていた。きっと、花が咲いたのも彼からの「祝福」なのだろう。  そして、彼が確かにこのフルスに来て、夕べの出来事が夢じゃなかった証でもある。 (着いた……)  足を止め、聖殿の中で最も凝った装飾が施された建物を見上げた。  最後に彼に会った場所であり、幻想夜に遭った場所――、宿泊棟が夕陽を受けて赤く染まっていた。
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