第一章 舞翼の奏主の月二十七日 午後四時 4

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(こんなところを見たら……、イグでも引いちゃうのかな……)  蒼月王領の精霊族の身体能力は、全世界の精霊族の中で平均的だ。紅龍皇帝領の精霊族の特性は有名だし、彼ならば当然知っているだろう。  それでも、手伝おうとしてくれたということは、実際に赤龍皇帝領の精霊族が力を発揮しているところを見たことがないに違いない。 「ありがとう、リィル! 助かっちゃった! はい、これ!」  傍の食糧庫から戻ってきたルーシェはよく冷えた林檎ジュースの小瓶を差し出した。祭典用だが、力仕事の後なら専属調理師のカルハも許してくれる。 「ん、ありがと……」  軽くひねると金属製の栓がポロリと取れた。神学校の男子生徒達は栓抜きを使っていたのを思い出し、憂鬱な気分になる。  あまり考えたことはなかったが、たぶん、世界では男子達のほうが標準で、再来月はそんな場所へ飛び出していかないといけないのだ。 (……あんまり考えてなかったけど……。他の国に行ったら、どこまでが「普通」なんだろ……? 世界最強の黒騎士団と紅龍騎士団が模擬試合やったら、黒騎士団が総崩れになった話は有名だけど……、世界的には、黒騎士団のほうが「普通」寄りよね、たぶん……)  剣技のキレ、統率力といった騎士団としての総合力は黒騎士団が上だったらしい。だが、スタミナと怪力、馬力といった個人の身体能力の差が歴然で、後半で形勢が逆転したという。  言われてみれば、神学校でもクラスメイトの女子達は戦闘槌(ウォーハンマー)を片手で振り回す程度は普通だったし、リィルも両手持ちで振り回すくらいは余裕だ。対して、男子達は軽い棒を好んで使っていて、戦闘槌なんて両手でも持ち上げられなくて――。 「ふう、なんだかなあ……」  一口飲んだ林檎ジュースがやけに甘酸っぱく感じた。 「ど、どうしたの、リィル!? いつもは腰に手を当てて一気飲みなのに……! 『一仕事終わった後のジュースは最高~~!』って……!」 「うん……、ちょっとね……」  それほど力を入れたわけでもないのに、指先で摘まんだ鉄の栓に指がメキョっと音を立ててのめり込んだ。もしかすると、他の精霊王領の精霊族の女子は、これくらいのこともできないのかもしれない。 (……同じ水の精霊王でも、聖海龍王の精霊族みたいな頭良い系だったらよかったのに……、どうして、紅龍皇帝は怪力なんだろ……)  巡礼の旅に気が乗らない理由が、また一つ増えてしまったかもしれない。  憂鬱に沈みそうな気持ちごと、ジュースをグイっと飲み干した。
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