第二章 一日の終わりに 1

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「ねえ、リィル……」 「なに?」  ルーシェは意味ありげに笑って声を落とした。 「イグさんのこと、気になってる?」 「はあ!?」  予想よりも素っ頓狂な声が出た。両手を突いたテーブルがミシリと音を立て、四隅でタリスマンが輝く。リィルの怪力対策の補強用タリスマンだ。 (しまった、つい……!)  慌ててイグ達のテーブルを見ると、サラが何やら言ってイグを笑わせ、コソッとこちらに向けてグッと右手を握った。フォローしてくれたらしい。 (ありがとう、可愛い妹分よ……!)  当事者にしかわからないほどさりげなく返事を返し、座り直す。 「もうっ、うっかりテーブル壊すところだったじゃない……。いきなり、なに……」 「ご、ごめん……。そこまで取り乱すと思わなかったから……。でも、」  ルーシェは少し悪戯ぽく笑った。 「リィルが力のセーブ忘れるの、久しぶりに見ちゃった。いつも、他の精霊領の研究者さんや巡礼士さんが来ても、もっと事務的だよ?」 「そ、そうかな?」  ルーシェはにっこりと笑った。 「ねえ、イグさんって、実用的なものと、芸術的なもの、どっちが好きと思う?」 「へ? な、なんで??」 「ほら、また焦ってる~~!」  クスクスとルーシェは笑った。 「安心して。私はリィルの味方だから。応援してるよ~~?」 「もう、面白がってるでしょ?」  ハーブティーをもう一杯飲んで気分を落ち着ける。  よくよく考えれば、ルーシェは年上が好きだ。彼女から見て年下だろうイグは対象外のはず。 「あれ? そういえば、叔母さ……、神官長は?」 「まだ来られてないみたい……。今日も忙しいのかな……?」  いつもは食堂で全員が揃ってお祈りをしてから食事に入るが、祭典期間中と前後一週間だけは違う。めいめいにお祈りをして食事を済ませ、すぐに作業に戻っていく。人が少ない地方聖殿ではよくあることだ。  日頃から忙しいベリアがこの時期に大幅に遅れるのは珍しいことではない。だけど、特にここ数日はまともに話もしていない気がする。 「ベリア様、大丈夫かな……。最近、夜遅くまで執務室に明かりがついてるの……。去年はもう少し早く休まれてたと思うんだけど……」  ルーシェはタリスマンの加工で夜遅くまで工房に籠っていることが多い。この時期は工房で眠りこけていて、巡回してきた聖騎士の二人に付き添われて部屋に戻ってくるのが平常運転だ。 「アルゲオ様も大聖殿に出張してるし……。出張は毎年だけど、今年はちょっと長いよね……」 「この時期に副神官長が長いこと出張しちゃうとシビアよね……。地方聖殿はどこも同じみたいだけど……」  ベリアを補佐する副神官長のアルゲオは、祭典初日の式典に参加する為に大聖殿に出張中だ。式典前に大事な会議があるらしく、大量の書類を抱えて、いつもより五日も早く旅立って行った。 「今日は図書室の掃除で終わりだし、ついでに執務室に様子見に行ってこようかな。ルーシェも早く寝ないとダメよ? 昨日も工房で寝ちゃってたでしょ?」 「う……、日付が変わったあたりまでは覚えてるんだけど……」 「もう、いくら聖殿の中だからって、用心しなくちゃ。明後日まで聖騎士コンビもいないんだから……」  自分の言葉に何故かゾッとした。  フルス聖殿は領内最大のレプス湖の真ん中の孤島に立っていて、陸地から魔物はおろか獣が迷い込むことも滅多にない。正門と裏門、二つの水門を閉ざしてしまえば城壁の外側のみならず、頭上にもドーム状の魔力結界が生じて瘴気を遮断し、入り込んだ瘴気は敷地内を流れる小川と噴水の聖水によって浄化され、魔の霧をも寄せ付けない。  何も問題なんてないはずだ。  なのに――、ずっとモヤモヤした何かが心の中に立ち込めている。 「どうかしたの?」 「な、なんでもないの。食べ終わっちゃったから、執務室に行ってくるね! お先!」  トレーを返し、食堂を飛び出した。  膨れ上がる不安を散らすように、足に力を入れて、思いきり駆け出した。
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