第二章 一日の終わりに 3

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「三年前くらいだったかしらね……。貴女が初めて『巡礼士になりたい』って言ったのは」  ベリアは当時を懐かしむように目を細めた。 「その時に、思ったの。『さすが、姉さんの子だわ』、って……。でも、それ以上に、先に相談してくれてよかった、って心の底から思ったわね」 「へ? そこ? どうして??」 「姉さん……、貴女のお母様は家出同然にフルスを飛び出して、巡礼の旅に出てしまってね……。前神官長……、貴女のお婆様が亡くなるまでフルスに戻ってこようとしなかったの……」 「そ、そうだったの……?」  リィルが両親と死に別れたのは五歳の頃だ。  当然、そんなシビアな話なんて聞いたことはない。 「前神官長は、姉さんが神学校を卒業したら戻ってきて神官になってくれると思っていたの。なのに、勝手に巡礼士試験を受けたものだから、それは怒って大反対してね……。姉さんも意地になって祭典の真っ最中に家出してしまって……。後になって、姉さんからの手紙で知ったんだけど、貴女のお父様のご実家に転がり込んで祭典が終わるのを待ってたらしいわ。二人は幼馴染だったから、遠慮がなかったんでしょうね」 「うわ……、できれば、そこはあんまり知りたくなかったかも……」 「ふふ、破天荒でしょう? でも、当時の私は姉さんが羨ましかったわ。私には逆立ちしてもできないもの」 「……あんまり真似しないほうがいいと思うけど……」 「あら、そう? だからね、貴女が聖殿に来た時、もしも巡礼士を希望しても、反対しないつもりでいたの。だって、止めても無駄なんですもの。それなら、気持ち良く送り出したほうがお互いの為でしょう?」  前神官長はリィルがフルスに来る半年前に亡くなっている。祖父にあたる前薬草園の園長も。大聖殿へ向かう途中の船の事故だったらしい。  母が祖父母のことをどう思っていたのか、今となってはわからない。  だけど、一度だけ。いつも強気だった母が泣き崩れていたのを覚えている。  あの後、急にフルスへ戻る事になって、その道中で両親は……。 (めちゃくちゃだけど、母さんなら、それくらいやりそうよね……。父さんの家に押しかけるのも含めて……)  両親の力関係を思い出し、複雑な気分になっていると、立ち上がる気配がした。 「面接まで、まだ(ひと)月もあるわ。ギリギリまで、ゆっくり考えれば?」  頼りになる神官長から、優しい叔母の表情に変わり、ベリアは微笑んだ。 「だけど、叔母(わたし)としては、可愛い姪には危険な目に遭ってほしくないわ。だから、辞退するのなら大賛成」 「え……、叔母様……? それって……」  初めて叔母の本心を聞いた気がして、言葉を失う。固まってしまったリィルと対照的に、ベリアはスッキリした顔で笑った。 「おやすみなさい、リィル。最後のは気にしなくていいわ。どちらでも、好きな道を選びなさい」  後姿が外の闇に消えてしばらくしてから、叔母に夕食を食べるように言いに来たのを思い出した。
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