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「教えるのは構わないけどさ……。こういう時って、自分から名乗るものだと思うんだけど?」
「そ、そうよね! ごめんなさい……!」
初対面の相手に失礼すぎる態度だったことに今さらながらに気づき、慌てて立ち上がった。
「あたしは、リィル=ワイトフォール。このフルス聖殿の神官補佐……、なに?」
蒼い目を見開き、彼は珍しい生物を見るような目でこちらを見ている。先ほどのリィルと逆だ。
「意外だなあって思って……。紅龍皇帝領の人だし、挨拶は拳のタイプじゃないかと思ったのに……」
「はあ? どーいう意味よ?」
「ふ、深い意味はないから! そ、そうだ! 僕の名前だったよね!?」
失言を悟ったらしく、少年は慌てて咳払いした。
「僕はイグ=トラウム。蒼月王領ソティスト王国の研究者なんだ。さっき最終便で着いて、図書室があったから入ってみたところ」
「研究者!? ということは、聖殿関係者じゃなくて普通の旅人!?」
イグが胸につけているフルスの入場証を思わず二度見し、カウンターのカレンダーを確認する。今日を示す紅いタリスマンは「舞翼の奏主の月二十七日」で灯っている。まだ月は変わっていない。
「そうだけど……、どうして感極まってるの……?」
「そりゃ感動するわよお。祭典月の前なのに……、フルスにお客さんが来るなんて……っ」
「え、本気で涙ぐんでる!? フルスって、そんなに過疎ってるの!?」
「それはもう、泣けてくるほど……って、ヤダ、言わせないでよ! とにかく、フルス聖殿にようこそ! 歓迎するわ!」
手を差し出すと、少年はやや戸惑いながら握り返した。肩の火蜥蜴がうっすらと青い眼を開けた。
「反応した……?」
驚いた顔で彼は蜥蜴を振り返った。
「ん? なに? そういえば、その子、名前は?」
「へ? な、名前?」
「だって、旅の相棒でしょ? まさか、ずっと『おい』とか『トカゲ』とか呼んでるわけじゃないでしょうし」
「ち、ちょっと待ってね!」
明らかに取り乱した顔で、彼は蜥蜴を撫でた。
(ヤダ……、本当に「おい」とか「トカゲ」って呼んでたのかしら……?)
イグは蜥蜴と見つめ合っている。何らかのコミュニケーションを取っているらしい。
「えっと……、レ、レア! レアっていうんだ。『今回は収穫のある旅になりそう』って言ってる」
「え、その子、そんなに語れるの??」
この少年と火蜥蜴の友情の危機を垣間見た気がしたが、あえて触れないでおくことにした。
「よろしくね、レアちゃん。ゆっくりしていってね?」
蜥蜴は一瞬だけ眼を細め、また眼を閉じてしまった。
(寝ちゃった。疲れてるのかしら……?)
ここは水の魔力を帯びた地域だから、火の幻獣には辛いのかもしれない。
「『ありがとう、よろしくね』、って言ってる。明日までだけど、お世話になるよ」
それが、黒い火蜥蜴を連れた研究者イグとの出会いだった。
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