第四章 審判者 4

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「リィルは幻想夜が見たいんだったよね。どう? 幻蛍(フェアリー)はそれなりに綺麗でしょ?」 「……こんな時に、そんな風に思えないわよ……っ」  現実を思い出し、涙が滲んだ。  幻想夜が出現しても、今夜がなかったことにはならない。  フルスの家族はもう帰ってこないのだ。 「……一つだけ勘違いしないでほしいのは、幻想夜の発生と魔の霧の発生は無関係だよ。今夜は偶然、重なっただけ……」  にこやかに微笑み、彼は蒼い雪を眺めた。 「……幻想夜はね、この世界の綻びなんだ。噓と偽りで塗り固められた、虚夢の世界(パンタシア)の……」  笑みを収め、少年は無表情で灰色の空を見上げた。 「綻びは、精霊界が下界(パンタシア)に施した禁忌(タブー)……、人類が触れることは許されない。不可抗力だけど、幻想夜に巻き込まれた人類は禁忌に触れてしまうんだ。だから、幻想夜の場には、精霊界から審判者が降りてくる」 「ま、待ってよ……、禁忌って何!? 何を審判するの!?」 「この先も楽園(パンタシア)に住まうべきか、追放するべきか……、だよ」  彼はにっこりと笑った。 「ちなみに、今夜の審判者は僕なんだ……。今回の幻想夜で禁忌に触れたのは、君を含む、今夜フルス聖殿に存在した人達全員……。さて、どうしたものかな……」 「あ、あたし達全員って……! 審判するも何も、もうあたししかいないじゃない! 叔母様も、ルーシェも、シャーリーもサラも、リタさんも、イルクさん達も……、皆……、もういないわ……っ」  じわりと滲んだ目元を乱暴に拭った。  『姉さんの、巡礼士カナリス=ワイトフォールの娘として、胸を張って生きなさい』  叔母の言葉が過り、唇を噛みしめた。  理不尽への怒りに任せて力に訴えるのは簡単だ。だけど、そんなこと、叔母は望んでいない。きっと母も。  二人ならば、精霊界の審判の場で見苦しい真似なんて絶対にしない――、そんな気がする。  必死に自分を宥め、メイスを手放した。音もなく足元に落ちたメイスが灰色の中に埋もれて沈んでいく。 「いいわ……、審判してよ……。魔獣に殺されるより、精霊界に殺されるほうが、まだマシよ……」  恐怖はなかった。  「追放」になれば、どうなるのかなどとわからない。  だけど、それでも構わなかった。  今夜が終わって明日になっても、瘴気に沈んだフルス聖殿は元に戻らない。  帰る場所も、待っていてくれる家族も、もういないのだ。  それならば、いっそのこと、この少年の手で、皆と同じ場所に行けるほうが幸せかもしれない。
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