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(ない……)
帳簿には職員の名前がずらりと並んでいるだけ。彼が記入したはずの最後の欄は空欄だ。
(確か……、あの棚……、)
彼が本を取り出していた棚の前に立ち、並んでいる本を調べる。
あまりフルスの面々が手に取らないだろう怪現象を集めた辞典の中に不自然な空白を見つけ、息を呑む。
(そうだわ……、ペンダント……、シャーリーに貸したまま……)
昨夜、シャーリーの手に巻き付けたまま、幻想夜の中で失くしてしまった。
もしも、あの出来事が現実だったならば、リィルが持っているはずがない。
「待って……、それじゃ、今日って……、何日なの……?」
恐る恐るカウンターのカレンダーを振り返った。紅いタリスマンは二十七の位置で灯っている。
「舞翼の奏主の月二十七日…………? 昨日……? どういうこと……?」
普通に考えるならば、リィルが居眠りして夢を見ただけだ。
ペンは誰かが発動させたのかもしれないし、ペンダントだって図書室のどこかに転がっているのかもしれない。
『この夜の中では、全てが幻想であり、現実……。僕達は今、幻と現実の分岐点に立っているんだ』
イグの静かな声が聞こえた気がした。
もしも全てが夢だというのならば、「イグ=トラウム」という名の少年はどこから来たというのだろう?
会ったこともない他の精霊王領の研究者を夢に見て、全く手掛かりのない怪現象の正体までも想像したというのだろうか?
『じゃあね、リィル。君と、フルス聖殿の人々に、僕から祝福を……』
最後に聞こえた声が鼓膜の奥に蘇った。
ついさっき聞いたばかりのように鮮明な声は、確信するのに十分だった。
「貴方は……、確かにここにいたわ……」
呟いた自分の声に、目が覚めたように頭が晴れた。
――あれは……、夢なんかじゃない……!
こんなにはっきりと覚えている声が、ただの夢のはずがない。
あの少年は昨日、間違いなく、このフルスを悪夢から救ってくれて、誰からも感謝されることなく去っていったのだ。
「これが、『祝福』なの? だから、『幻想夜でよかった』って……。最初から、助けてくれるつもりだったんだ……っ」
声は虚しく広がって消えただけだった。
居ても立っても居られなくなって、図書室を飛び出した。
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