第五章 そして、午後四時 2

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(やっぱり、イグは来てないんだ……! それだけじゃなくて……、)  ――皆の中の記憶も消えちゃってる……  この時間に戻った理由がなんとなくわかった気がした。  イグは、「夕べ」だけじゃなくて、自分がフルスに来たこともなかったことにしたかったのではないだろうか?  それなら、どうして、リィルには全ての記憶があるのだろう? (まだ……! ルーシェがいるわ……!)  受付をしていた彼女なら、彼を見ているかもしれない。  フルスに降りていなくても、最終便の舟に乗っているのを見かけているかも――!  階段を駆け下りると、船着き場で蜂蜜色の髪の少女が手を振った。 「リィル! 忙しい時に……」 「ルーシェ……!」  昨夜の虚ろな目と万年筆の言葉が過って、胸がいっぱいになった。  一直線に駆け寄り、ガシッと抱き着いた。 「きゃっ!? ど、どうしたの、リィル……!?」 「どうしたもこうしたもないわよお……、本当に、サプライズ好きのお人好しなんだからあっ」 「え……、な、なんの……こと……?」  メキっと硬い音が聞こえた気がしたが、何の音なのか考える余裕はなかった。 「ありがとうね……、本当に、ありがとう……!」 「り、リィルちゃん!? ルーシェちゃんは人間なんだよ!? リィルちゃんがそんな気合入れてサバ折りなんてしたら……!!」  鬼気迫る顔で止めに入った船頭に我に返る。 「ご、ごめん、ルーシェ! つい……!」  腕を離すと、よろよろとルーシェは座り込んだ。 「だ、大丈夫……、こ、こんなこともあろうかと、服の下に鉄板を仕込んでるから……」 「へ? 鉄板?? な、なんで??」 「だ、だって……、小さな頃からリィルに締められて、三十回くらいあの世を見てる気がするもの……。でも、今日のはちょっと……、鉄板……曲がっちゃった……かも……」  力なく笑い、ルーシェはその場に崩れ落ちた。 「きゃーーーー!? ルーシェーーー!?」 「ルーシェちゃん!? 気をしっかり持つんだ! ルーシェちゃんーーー!!」  夕暮れ時の裏門に、リィルと船頭のオヤジの声が響き渡った。
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