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第五章 そして、午後四時 3
「イグ=トラウムさん……? 来ていないと思うけど……」
三十分後。人間とは思えない回復力で復活したルーシェは不思議そうな顔をした。
「蒼い髪で、肩に黒い火蜥蜴乗せてて、あたしと同じくらいの年の子! 最終便に乗ってなかった!?」
思い出すように眉間をぐりぐりと揉み、ルーシェはフルフルと首を横に振った。
「いなかったと思うわ……。最終便はお客さんがいなくても門の中まで入ってきてくれるけど……、誰も乗っていなかったと思う……」
「そう……、ありがと……」
ある程度予想していた答えだ。
けれど、実際に聞くと気分が沈んだ。
これで、イグがフルスに立ち寄っていないことが確定してしまった。
幻想夜が終わったフルスはもう、彼の興味を引く場所ではなくなったのだろう。
「なんだかガッカリしてるけど……、その人と約束でもしてるの? 今年の祭典に来るって……」
「ん……、どうかな……。来るんじゃないかなって、たぶん、勝手に思ってただけ……。よし、これで最後、と……」
最後の樽を下し、息を吐いた。
「今日は、あと何回くらいですか?」
「二回くらいかなあ。ようわからんが、そう気を落とさんようにな、リィルちゃん」
船頭は舟に戻り、ふと思い出したように振り向いた。
「蒼い髪に黒い火蜥蜴か……。そういえば、昔、舟に乗せた旅人から聞いたことがあるなあ。黒い火蜥蜴は、偉大なる蒼月王の御使い……、精霊族でも、王の勅命を受けた者のみを導く、とな……。もしかしたら、リィルちゃんが言っとる人は蒼月王の勅命を受けた、精霊の寵児かもしれんな」
「そうだったかも……、しれないです……っ」
精霊の寵児どころか、きっと精霊なのだろう。
だから、今日、このフルスで会えなければ、どこを探せばいいのかわからない。
精霊が住まうのは精霊界。彼らは人知れず降りてきて、帰っていくのだから。
「まあ、こんなご時世だが、互いに生きてさえいれば、いつかどこかで会えるだろうさ。じゃあ、次の荷物もよろしくな」
去っていく船頭を見送り、リィルは駆け出した。
「あ、リィル! ジュースもらってきたけど……」
「ん。ありがと! 後でもらうね!」
後ろから聞こえてきたルーシェの声に心の中で詫び、階段を駆け上がる。
探す当てが、あと一つだけ残っている。
どうしても、夜になる前にそこに行かなければいけないような気がした。
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