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「『幻想夜』の記事……? 調べてたの?」
「うん、ちょっと興味があってね」
幻想夜は、世界各地で起きている怪現象だ。
無数の幻蛍が宙を舞い、その僅かな時間の間だけ、蛍が舞う空間ごと異次元に迷い込むという。
精霊界への入り口に続いているという説もあれば、魔王が目覚める前触れという不吉な説もあって、研究者によって見解はいくつも分かれているが、調査は全く進んでいない。
不思議なことに、幻想夜は確かに存在するのに、どういう現象なのか、その始まりと終わりでさえ詳しいことはわかっていない。
幻想夜に遭った全員が、「よく覚えていない」と口を揃え、記録もほとんど残っていないのだ。
「正体不明の怪現象って、夢があるじゃない。最近は瘴気とか魔の霧とか、暗い話題ばっかりだもの……」
溜息交じりに本を閉じた。
「でも、幻想夜は卒論にするのは厳しいわよね……。世界のどこで、いつ起きるのか、誰にもわからないんだもの……」
「ワイトフォール補佐は神学校生なの? 卒論のテーマ探してるなら、四年生くらい?」
「ううん、五年生。ブルクル中央聖殿の神学校に通ってるの。普段は寄宿舎にいるんだけど、今は祭典前の長期休暇中」
「五年?」
イグは眉をひそめた。
なんとなく、彼が考えていることと次に口にするだろうセリフがわかった。
「今年で卒業なのに、この時期に卒論のテーマが決まってないって……、ヤバくない?」
「う……、まあ、そうなんだけど……、事情があるっていうか……」
出入り口から風と足音が入ってきた。
白を基調とした神官服に臙脂色のマントを羽織った金髪の女性は、こちらに気づくことなく奥へと歩いていく。
「……フルスの神官さん?」
こそっと囁いたイグに合わせて声を落とす。
「ベリア=ワイトフォール神官長。このフルスのトップよ」
「……ワイトフォール? 君の……、姉さん?」
「ううん、叔母。挨拶しとく?」
「忙しそうだから、後にするよ。祭典前は邪魔しないようにしなきゃ」
イグが言うように、ベリアは何事か考え込んでいる様子で足早に資料室へと消えてしまった。
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