第一章 舞翼の奏主の月二十七日 午後四時 1

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(叔母様……、帰省してからずっと難しい顔してあの調子だわ……。時間があれば資料室にいるみたいだし……)  神学校が休暇に入って帰省してきたのが七日前だから、本当はもっと前から悩んでいたのかもしれない。 (祭典のことで悩んでるのかしら? でも、あんな深刻な顔してるの初めてなのよね……)  一年に一度の紅龍皇帝の精霊王祭が行われる祭典月が来週に迫っている。正確には、あと三日だ。  精霊王祭は、王を祀る聖殿はもちろん、各地の精霊王領に位置する国が威信をかけて行う、まさに年に一度の一大国家イベントだ。  神学校もこの期間は休校で、生徒は実家の手伝いの為に一斉に帰省する。  祭典月の間は、世界中から見物客が押し寄せ、辺境の地方聖殿にも旅人や研究者、巡礼士の訪問が倍増し、とにかく忙しない。  このフルスも例に漏れず、祭典直前の今は最後の仕上げや段取りでかなり忙しい。補佐のリィルでさえ、これが今日初めての休憩だ。  更に忙しいベリアが煮詰まっていてもおかしくないのだが――、祭典の悩みとは、何かが違うような気もする。 「そろそろ行こうかな。宿泊手続きは礼拝堂の隣の事務局だよね?」 「待った!」  咄嗟に少年の腕を掴んだ。何故か、どこかへ行ってしまう気がした。 「案内するわ! 眺めのいい部屋が空いてるの!」 「気持ちだけもらっておくよ。卒論、頑張ってね」 「そう言わずに……! お客様のご案内も、あたしの仕事だもの!」 「でも……、この時期に卒論のテーマ探してるって、かなりマズいよ……? ちょっと言いにくいんだけど、卒論落として留年コース、ほぼ確定だよね?」 「言いにくいわりには、けっこうハッキリ言ったわね……、じゃなくて! で、できればでいいんだけど……、相談に乗ってほしいな、とか……」  切実な顔をしていたのだろう。  イグの顔に心の底からの同情と憐みが浮かんだ。 「いいけど……、僕は蒼月王領だから、あんまり参考にならないかもしれないよ?」 「あ、ありがとう……! 聞いてもらえるだけでも、助かるから……!」 「とりあえず、場所を変えない? 神官長さんもいるし、図書室でこれ以上話すのはちょっと……」 「そうね……。あ、そうだ、あたしのことは、リィルでいいわ。『ワイトフォール補佐』って、呼びにくいでしょ?」 「じゃあ、僕もイグでいいよ。短い間だけど、よろしくね、リィル」 「うん! よろしく!」  生まれて初めて、別の精霊王領の友達ができるかもしれない――、そう思うと、意味もなくはしゃいだ気持ちになった。  これが、「短い間」どころか、何年かかるかわからない、遠くて長い旅の始まりになるなんて、思いもせずに。
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