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「もしかして、聖殿の跡取りなの? 神官長より上の位階は世界巡礼するか、高等神学校卒業して他の精霊王領の聖殿での研修が条件だし……、あ、でも、地方聖殿は神官長が取り仕切るから、そこまでやらなくてもいいんだっけ……」
「フルスは関係ないの……。自分探しをしたくなったっていうか……、ただの我が儘なんだと思う……」
少し日が傾いた空を見上げると、すぐ傍の枝に降りてきた白い水鳥と目が合った。フルスは国内最大のレプス湖の真ん中にあるので、山間部の小鳥だけでなく、水鳥も沢山入ってくる。
「あたし、中位精霊族でね……。神学校に入ったら上位精霊族もいるでしょ? 負けたくなくて、がむしゃらに頑張ったの……。魔法も勉強も、学年トップ十位内をずっとキープして……」
精霊族といっても、能力にはかなり差があり、家柄や家系が大きく影響する。
一般的に、魔力容量が大きいほど他の能力も比例して高くなり、精霊王や精霊の加護が強いとされる。大聖殿の幹部や王侯貴族が上位精霊族ばかりなのは、そんな理由からだ。
リィルは魔力容量、能力共に上位精霊族には一歩及ばず、中位精霊族と判定された。地方聖殿の上層部は中位精霊族がほぼ占めているので、妥当といえばそうなのかもしれない。
「上位精霊族と張り合って十位内? 普通に凄いよ。中央聖殿でその成績なら、大聖殿にも推薦してもらえるんじゃない?」
「推薦の話はあったけど……、そんな大それた話、怖くなって断っちゃって……」
神官になって叔母を手伝おうと神学校に入っただけだった。だから、地方聖殿の上の中央聖殿のさらに上、大聖殿での就職なんて、寝耳に水だった。
だけど、成績を競ってきたライバル達は皆、巡礼士や高等神学校への進学、大聖殿への就職を考えていて、さらにその先に大きな目標や夢を持っている人ばかりだった。
推薦を断った噂はすぐに広まって、ライバル達は驚いた顔で「他に何かやりたいことがあるの?」と口を揃えた。
笑ってごまかしたものの、そんなもの、あるわけなかった。
「それから、なんだかスッキリしなくてね……。よく考えたら、神官になるのは急がなくていいんだし、神学校で頑張ったことを詰め込めるような大きなことをやってからフルスに帰るのも悪くないな、って思い始めたの。母さんが巡礼士だったから、とりあえず巡礼士試験を目標にして頑張ったんだけど……。世界のことなんて考えたこともなかったから、世界規模の研究とか目標なんて、何にも出てこないのよね……」
愚痴のようになってしまっていることに気づき、慌てて隣を見た。
「ごめん、暗くなっちゃった! こんなこと考えてるようじゃ、巡礼士失格よね……」
「ううん、全然」
イグはにこやかに笑った。まるで、雪原に陽が差したように周りの空気が温かくなった気がした。
「今のうちにしっかり悩んでおいたほうがいいよ。旅に出てから迷ったり悩んだりしたら、それこそ命とりだもの。何年かかってもいい旅なんだし、スタートがちょっと遅れるくらい、大したことないよ」
「うん……、そうよね……」
情けない自分を肯定してもらえたような気がして、心が軽くなった。
(この人に相談して、よかったな……)
彼と話していると、全てを受け入れてくれそうな心地良さに包まれる。
会ったばかりなのに、つい弱音を吐いてしまったのも、きっとそのせいだ。
足元を見るふりをして、少し熱くなった頬を髪で隠した。
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