093:行かないで

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093:行かないで

 あの災害の日から、ひと月が経過した。そろそろ霜の月が終わり雪の季節となる。そんなある日のこと。私は未だにベッドの住人となっていた。立とうとするとクラクラと目眩がするのだ。内蔵の方には後遺症がないが、どうやら脳の方に、かなりの負荷がかかっていたらしい。あれから色んな人が尋ねてきた。  ホルアダやレダやミアは災害復興のために奔走している。ソラも夜間に一度やってきてお互いの無事を確認しあった。そして…… 「よぉ。ティナ」  ランツだ。ベッド横の椅子にどっかりと座る。 「今日は調子どうよ?」 「うん。今日はだいぶいいよ」 「そうか。そいつは良かった」  ダンジョン都市から帰ってきたランツは王都が半壊していることに驚いて、まずはレダとミアの家を訪ねたという。そこで二人とホルアダに出会い、私が治療中だと聞いて治癒院へすっ飛んできた。彼が到着したとき。私は着替え中だったので彼にとってはラッキーハプニングがあったが、まぁ些細なことだ。一応、礼儀として引っ叩いたけどね。それからほぼ毎日、様子を見にきてくれている。 「それで?」  私は彼に色々と街の状況や、その他のことを頼んでいた。レダやミアは今や家族のようなものだが、それでもまだ子供だ。大人でないと立ち回れないことも多い。その点ならホルアダでもいいけど、彼女も色々と忙しいのだ。 「ティナの師匠のゲンっていう爺さんとレレンという孫だが最近はだいぶ落ち着いたらしい。災害当初こそ傷用のポーションづくりで大変だったようだがな。近々こっちにも顔を出すそうだ」  そっか。 「それから貴族の両親と弟さんの方だが、その……」 「どうだったの?」 「落ち着いて聞いてくれ。どうやら行方不明らしい。屋敷の方が、その……かなりの部分が消失していたり炭化していたりで、な。そっちに巻き込まれたんじゃないかって……」  ランツの声が段々と小さくなっていく。 「そう……」  父様。母様。ウィッツ……  私だけが生き残っちゃった……  思わず手に力が入っていたようだ。ランツが優しく手を添えてくれる。私は力を抜いて報告の続きを聞くことにした。 「……それで?」 「あぁ、冒険者ギルドではドラゴンの討伐隊を募っている。錬金術ギルドの方だが、今は特許の申請を王に頼むどころじゃないらしくてな。当分は先になるそうだ」 「そう……」 「それで何だがな、俺さ、ドラゴンの討伐隊に志願しようかと思ってるんだ」  それを聞いた私は即座に言い放った。 「駄目よ! 駄目!」 「おいおい。駄目って……親御さんの敵を……」 「あれは、あれは魔物とかっていう、そういう生易しいものじゃないの! 行っちゃ駄目!」  私に手を添えてくれていたランツの手を私が握り返す。ランツが動揺しているのが分かる。 「でも……」  そう言い募ろうとするランツを私は引き止める。 「ランツ。お願いだから行かないで! あれは人の手に負える相手じゃないの!」 「でも、ティナ。お前だって戦ったんだろ? そりゃ酷い目に合わされたようだが、でも生き残っているだろ?」 「ランツ。私は確かに生きているけど……生き残ったけど、それは私の魔法が特殊だっただけなの! 通常の戦闘じゃあアレは倒せない!」  私の必死の説得にランツが困った顔をした。 「でもなぁ、他の冒険者仲間が行くって言っているのに俺一人残るのはなぁ……」 「そう。なら私とドラゴン討伐。どっちか選んで」 「ちょ! それは……」 「愛を取るかメンツとプライドを取るか」 「ティナ。それは卑怯だぞ。そんな言われ方をするとは思わなかった……もっと理解してくれるかと……」 「行ってほしくないのよ! 間近で見たから分かるの! お願い。お願いだから行かないで!」  場に沈黙が降りた。私の悲痛にも聞こえる叫びにランツは考え込んでいる。私は自分が卑怯な物言いをしていることを理解している。男の人にとってメンツやプライドという、とっても重要なものを天秤に載せさせて引き留めようとしていることを。だって……死んでほしくないから。  ランツの手が固く握られている。それだけ真剣なのだ。真剣に私とのことを考えてくれている。ランツ…… 「俺は……」  ランツが何かを言いかけた。私はそれを遮る。 「ごめん。引き止めて……」  彼の決断を聞くのが怖くて私は折れた。 「気をつけて……」 「ティナ」 「帰ってきたら英雄だね。そしたらキスしてあげる」 「……すまない」 「……」  彼は一言。そう言って行ってしまった。  残された私は……泣いた。
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