わたしがわたしに還るまで

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 アパートの扉を開けると、そこは真っ暗だった。  一人暮らしは、自由であることに喜びはあるが、半面それが侘しくもある。  わたしはときどき、その景色に心細い少女のような気持ちになってしまうのだった。  無言で灯りをつけ、無言で靴を脱ぎ、無言で中へ上がると鞄を部屋の隅に置いた。  一人暮らしにすると人の声が恋しくなり、テレビやラジオをつけてしまうとよくいう。  が、わたしは初めから、そういうものに付き物の、うるさく騒ぐ話し声が聞きたくなることはなかった。  好きに酒やジュースを飲んで、好きにそこらに寝転んで、そのまま眠気にまかせてシャワーも浴びずに寝てしまっても誰も文句をいってこないのが、何よりもよかった。  そのかわり、決まった時間に、無言で起きて無言で朝食を取ってぼんやりしていると、自分は会社のための家畜でしかないように思えてくる。  そうしているうちに人生の大半が過ぎていってしまうことに、恐怖に襲われるようになった。  時計の針のようにいつも同じホームの位置から同じ電車に飛び乗り、会社の最寄り駅に降り立つと、無機質な人波に合わせて歩き、やがて会社の自分の机に到着する。  そこまでが朝一番のルーチン。  始業後の職場には、実にさまざな声や音が飛び交う。  自分の話し声以外にも、上司や同僚の声や、椅子の鳴る音、コピー機の印刷音、電話の電子音が絶え間なく聞こえてくる。  まさに音の渦。  だから、無言の雑踏に溶けて一人きりで帰り路につくとその静けさにほっとする。
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