第五章『後始末』

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「――それから後は、残りの害虫を一匹ずつ殺したよ。抵抗しようとした奴や、逃げようとした奴もいたが、どちらも容易く処理できた。実に……簡単な仕事だった」  ダスクは淡々とした口調でことの経緯を語る。 「これでアンバークラウンの生き残りはキーパー……お前と」  ショットガンの銃口を向けながら言う。 「フレイム……お前だけだ」  フレイムは相手の様子を窺うような目つきでダスクを見る。 「驚いたよ……ナイツが暗月まで動かすとはなァ。ガニーまで殺しちまって、最初っからそのつもりだったってワケかい? こうなることがわかっていたのか?」 「害虫の質問に答える気はない。だがお前は生かしておいてやる。重要な情報源のようだからな」 「ふぅん……そういうことかい。ま、命が助かるなら何でもいいぜ」  今の口ぶり、ダスクはフレイムが黒山羊の手先であることを知っているのか? その事実はここで初めて明らかになったはず。どうして……?  思考を巡らせてみても、はっきりとした答えは思い浮かばない。わかっているのは……何か、自分の知らないところで事態が動いているということだけ。 「ダスク、といったか……」  キーパーが静かに言う。悲しみも怒りも無理やり押し殺したような声だった。 「この稼業をやっている以上、俺たちだってそうなる覚悟はしていたはずなんだ。貴様も自分の仕事をこなしただけなんだろう。しかしだからといって……こんな結末とはな」 「相応しい末路だろ?」 「そうかもしれん。だが、虫けらのように殺されたあいつらのためにも……一発食らわせてやらなきゃ気が済まないな!」  キーパーがダスクに向けて突進する。グッドラックと戦った時より更に速い動きだった。  銃声。 「ぐあっ……!?」  キーパーの右足――膝から先が血煙と共に吹き飛んで、巨体が床に崩れ落ちる。キーパーの攻撃が届くより先に、ダスクのショットガンが彼の足を撃ち抜いたのだ。  大型で反動も大きいショットガンは、本来は両手で持ちストック底部を肩に押し付けるように構えなければまともに扱えないはずだが、ダスクは左手だけでシトリ725を構え、射撃までの速さ、正確さ、射撃後の姿勢保持まで完璧にコントロールしていた。今の動きだけで、卓越した射撃技術と細身の体躯に似合わぬ常識離れした筋力を併せ持っていることがわかる。  ダスクはそのまま床で呻いているキーパーに狙いをつけ――再び引き金を引いた。今度は彼の頭が弾け飛んだ。  何の感慨もなく、命が奪われた。驚く間さえもない、一瞬の決着。数秒の静寂――そして。 「てめぇっ!!」  激昂したグッドラックがダスクに殴りかかった。ダスクはそれをこともなげに身体をずらして躱し、同時に彼の足を払って床に倒す。そして倒れたグッドラックの顔面につま先蹴りを入れた。更に彼の胸を足で押さえつけると、グッドラックを見下ろしながら無表情で問う。 「なんだ、お前は?」  口内まで流れ込んできた鼻血にむせながら、グッドラックが返す。 「こ……殺すことはなかっただろ!」 「……? それは……生かしておいたら何か情報が訊き出せたかもしれないという意味か? その必要はない。フレイムは別だが、もはや奴らに情報源としての価値はなかった。――それで? お前は夕桜支社のグッドラック……ナイツの人間のはずだが。なぜ私に攻撃してきた?」  ダスクはシトリのトップレバーを動かして銃を折る。ブレイクオープンと呼ばれる中折式ショットガンのリロード動作だ。開放された薬室から使用済み薬莢が2つ飛び出していき、それからコートのポケットより取り出したショットシェル(弾薬)を詰める。銃を元に戻して、銃口をグッドラックの頭に向けた。 「待って!」  美夜子が割り込んで制止する。ここで止めなければ、本当に撃ちかねない――そんな気がした。 「彼、新人で興奮してるだけなんです! あたしが代わりに謝りますから……その辺にしておいてもらえませんか? ごめんなさい」 「…………」  ダスクは美夜子とグッドラックを交互に見た後、グッドラックから足をどけた。 「……わかりました。よく教育しておいてください」  どうやら許してくれたらしい。美夜子はほっと息をつきながら、鼻血を拭くようにグッドラックへハンカチを渡す。「す、すいません」とグッドラックは申し訳無さそうに受け取った。  その間もダスクは黙ったまま美夜子を見ていた。何か気になることがあるなら言ったらいいのに。  美夜子はいたたまれなくなって――探りを入れるためにも――質問する。 「あの、どうして本部はあなたをここへ? 応援部隊が来るって話は聞いていませんでした」 「臨時で決まったことなんです。ついさっきナイツ本部が手に入れた情報によると、アンバークラウンと黒山羊陣営は、とある伏王会幹部の仲介によって繋がっていたとわかりました。そして、フレイムが黒山羊と繋がっている可能性が高いことも」 「その、仲介をした伏王会幹部って?」 「アンバークラウンリーダーであるガニーの実兄、淵猿です。伏王会側にもその旨を伝えたところ、今回の一件は淵猿の独断専行であるとのことでした。それによって伏王会は淵猿にその責任を取らせること、そして我々がアンバークラウンを――もといガニーを殺害することを認めると約束しました。そこで、奴らを殲滅できる戦力として私が遣わされたということです。ご理解いただけましたか?」 「……そうだったんですね。わかりました。助けてくれてありがとうございます」  ダスクは嘘をついている……。おそらく今の話には真実も含まれてはいるだろうが――少なくともそれがわかったのは、ついさっきのことではないはずだ。それに他にも怪しい言動がある。だが、ここで深く追及したとしてもダスクは答えないだろう。しつこく疑って本部の人間に目をつけられるのも良いこととは思えない。今は様子見しておいて、後で薔薇乃と相談すべきか……。 「もうすぐ死体処理班が来ることになっています。後のことは私にお任せください。あなた方は支社へ連絡後、帰っていただいて結構です」  ダスクはドアの方向を指差して言う。 「え、でも……」  美夜子はフレイムに視線を向ける。 「ああ。フレイムは私の手で本部へ連行しますので、ご心配なく」 「その……黒山羊のことで何かわかったら、教えてもらえませんか? あたしじゃなくても、夕桜支社の社長に知らせてくれればいいので」  ダスクは少し思案したようだったが、頷いた。 「……その判断をするのは私ではありませんが、あなたがそう言っていたことは上に伝えておきましょう。今回の任務に関して、必要なことは追々本部から連絡があるかと思います」  そしてダスクは一礼する。 「では禊屋さん……お疲れ様でした」
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