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エピローグ『来訪者』
ナイツ総本部ビル・会長室にて――
「――ブリッジの遺体は無事に回収を完了。また、フレイムは本部内第三ゲストルームにて身柄を拘束。当該フロアはレベル3の警備体制を敷いております」
男が執務机の前に立ち、報告をしている。整髪料で髪を撫でつけた頭で、齢は40後半くらい、黒スーツを着込んだ体は無駄なく締まっている。男の左目は開いておらず、縦型に大きな刀傷が付いていた。佇まいは落ち着いているが、研ぎ澄まされた刃物のような威圧感がある。
「フレイムは今回の事件の首謀者、黒山羊と密接な関係にあると思われます。直ちに尋問を開始するのがよろしいかと」
「うん、うん……わかった。ご苦労様、クサビ」
執務机の椅子に腰かけて報告を聞いていたのは同じくスーツ姿の男、ナイツの会長――岸上燐道。クサビと同じ年頃だがこちらは幾分若々しく見える。長い髪をうなじでひとつ結びにしており、それが違和感ないほど濃い目で端正な顔立ちをしていた。
「流石は暗月の騎士だね。役目をしっかり果たしてくれた。任せてよかったよ」
「暗月には容易いことです」
燐道は立ち上がり、部屋の隅で待機していたスーツ姿の老紳士に声をかける。
「それじゃあ、鹿野(かの)。フレイム君への尋問の手配、任せてもいいかな? まだあまり過激なことはしなくていいから。まずは様子見を兼ねてってことで」
「かしこまりました」
会長の側近であり秘書とボディガードも務める老紳士、鹿野は恭しく礼をしてから部屋を出ていく。
「それでクサビ、まだ何か報告はあるかい?」
燐道はクサビに背を向け、窓の近くで両腕を上げて伸びをしながら問いかける。クサビは直立不動で答えた。
「いえ……ですが会長にお尋ねしたいことが少々」
「おお、何でも訊いてくれたまえ」
燐道は窓から外の景色を見下ろしながら言う。クサビは話しだそうとして、一瞬止まる。
「……普段の言葉で話しても?」
「僕とお前の二人しかいないんだ。気にするな」
クサビは二度咳払いをすると、話し始めた。
「今回の一件、禊屋を指名した意図はなんだ?」
「説明しただろ? 去年のクリスマスの事件で、彼女は自身の優秀さを証明した。僕はそれを見込んで今回の難易度の高い任務を任せたんだよ」
「それだけじゃないだろ。お前はこの件に黒山羊が絡んでいることを知って、奴と因縁があるという禊屋をぶつけたんだ。それに釣られて、黒山羊が尻尾を出すと期待してのことか?」
燐道は肩を揺らして笑う。
「よくわかってるじゃないか。流石は我が親友。実際、大きな手がかりは得られただろう? 流石に本人は出てこなかったみたいだけど」
「禊屋が良い仕事をしたのは確かだ。ブリッジは死んでしまったが……彼女はアンバークラウンに潜んでいた黒山羊の手先を見つけ出した。初手から暗月を使って連中を抹殺していれば手っ取り早かったかもしれないが、フレイムが握っている情報を失うことになっていただろう」
「ブリッジね……阿科支部の業績は最近落ち込んでいたし、彼には支部の運営資金を着服していた疑いもあった。遅かれ早かれ、彼は終わりだったよ。その程度の犠牲で済んで良かったと、ポジティブに考えようじゃないか」
「それはともかくとして、禊屋を出すタイミングに関しては疑問があるぞ。黒山羊には始めから禊屋を引っ張り出す算段があったという話だ。相手の出方を待っていればそれがどういったものか見極めることができたかもしれない。おそらくナイツ内に潜ませているであろう奴の手先を見つけられた可能性もある。結果論にはなるが、先走ったのは悪手だったんじゃないか?」
「手厳しいねぇ~」
燐道は振り返ってお手上げのポーズを取る。
「確かにお前の言うとおりだ。ちょっと焦ったかもしれないな。薔薇乃への贈り物のつもりでもあったんだけど……」
クサビは疑問の表情を浮かべる。
「薔薇乃ちゃん? ああ――あの子も黒山羊を探していたからか……。だが本人にそれは教えていないんだろう? ますますお前に対して不信感を募らせるんじゃないか?」
「そうかもね。まぁ、それは仕方ない」
「あの子は賢い。わかっているのか? 可能性は低いと思うが……場合によっては今回の一件で、俺たちの切り札に気づくかもしれない。……厄介な障害になりうるぞ?」
燐道は余裕そうに笑ってみせた。
「その時はその時だ。僕の邪魔をするというなら、きちんと教育し直してあげるまでさ。心配することはない。あの子が考えるようなことは大体予想がつく。言い訳じゃないが、相手に多少情報を与えておいたほうが逆に手を読みやすくなることも多いんだ」
「お前が好きなギャンブルの理論か?」
「勝負事の理論さ」
クサビは半ば呆れた様子で燐道を見る。
「本当にそうなら良いがな……。黒山羊の方は今後どうするか、目算はあるのか?」
「色々考えてはいるよ。こちらにとって一番良いのは、フレイム君を助けるために何らかのアクションを起こしてくれることだな」
「また釣りをしようというのか」
「黒山羊にとってフレイムは優秀な手駒だったはずだ。僕が黒山羊だったら、できることなら取り返したいと思う。つくづく暗月を使ったのは正解だったな。そうじゃなかったら奴ら、すぐにでも奪い返しに来ていたかもしれないぜ」
燐道はそこまで言うと、やや疲れたように首を回し始めた。
「あとは伏王会がどう動くかを見ながら、かな……」
クサビはそれを聞いて更に尋ねた。
「伏王会といえば今回の一件、本当に淵猿が絡んでいたと思うか?」
「いいや。処分までの手際が良すぎるし、露骨な手がかりが多すぎる。おそらく体良く利用されたスケープゴートだろう。主犯は……『彼女』ではなさそうだな。あれならもっと上手くやる」
ともかく、その件に関しては僕らが口出しするのもどうかと思うね。あとは彼女が上手く対応するんじゃないか?」
燐道はそう言うと、話を切り上げるように手を叩いた。時計を見上げて言う。
「おっと――もうこんな時間か。腹減ったな。ラーメンでも食べにいかないか、クサビ?」
クサビは呆れ顔のままため息をついた。
「仮にも会長ならもっと良いもん食えよ」
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