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第一章『アンタッチャブル』
巨大犯罪組織ナイツ――その支部の一つ、夕桜支社はビル『カムランスクエア483』の中にある。外見上は至って普通の建物、ビジネス街に埋もれるオフィスビルの一つにしか見えないが、その立ち入りは厳重に管理されている。
志野美夜子(しのみやこ)は、ビルへの立ち入りを認められているメンバーの一人だ。褪せたカーキ色のモッズコートを羽織り、赤い長髪を揺らしながらビル内の廊下をエレベーターに向かって歩いている。手にはビニール袋が握られていた。中身は缶入りココアと幾つかの甘味系の菓子。ここへ来る前にコンビニへ寄って買ってきたものだ。朝方に雨が降っていたようだが、出勤前には止んでくれて助かった。
コートポケット内のスマホが振動するのを感じて、美夜子はディスプレイを確認する。ビルに入る前に送っておいたメッセージの返事が来たようだ。
先程、美夜子から送ったメッセージはこう。
『おはよ! お菓子とか持ってきてるけど、今からそっち寄ってもだいじょぶ?』
朝の挨拶にはだいぶ遅い時間――というよりもう昼時だが、相手はとくに気にしないだろう。夜通しパソコンを弄っていることも頻繁な向こうに比べたら、美夜子はまだ規則的な生活を送っているほうだ。今だって、寝ていないかどうかの確認のためにメッセージを送ったようなものだった。返事が来たということは、起きていたようだが。
返ってきたメッセージはこうだ。
『ごめ~ん! ハカセとミーティング中だから、お菓子はお姉ちゃんが食べて!』
その後に、両手を合わせて謝罪する奇妙な猿のキャラクターのスタンプが付いていた。送り主――アリスお気に入りの有料スタンプシリーズだ。やたらファンシーなピンクの体毛、その割に妙にリアルな顔つきの猿で、名前はアレックス君というらしい。いわゆる「キモカワ」需要を狙ったシリーズなのだとアリスから熱弁されたことがあるが、個人的には正直、「キモ」側に比重が傾きすぎている気がしてならない。自分がそういった流行りに疎いだけで、若者の間やネット上では人気なのだろう――と思いきや、実は全然そんなことはないマイナー商品のようだ。本人が気に入って使っているのであれば別にいいが……。
美夜子はメッセージに更に返事をする。
『おっけ、わかった。例の研究? 頑張って!』
ついでに親指を立てたスタンプを送っておいた。
アリスはつい最近15歳の誕生日を迎えたばかりの少女で、『ある事情』からこのビルの地下フロアで生活をしている。それでいて、特定の分野においては世界でも有数の才能を持っている天才でもある。今まで何度か美夜子の仕事を助けてくれたこともあるハッキング技術もその才能の一つだが、実は彼女にとってそれは、副次的に身につけたスキルに過ぎない。アリスが幼い頃から最も深い関心を持っていたのは、彼女が今も続けている「研究」のことだ。
アリスは、彼女が呼ぶところの『ハカセ』――アリスが最も信頼する人間の一人でもある――とネットを通じてやり取りをしながら、協力してその研究をしている。誰に似たのか、色々とズボラなところがある彼女だが、その研究に関してだけは熱心そのものだと言って良い。
しかしそれでも、研究は難航していた。この数年はひたすら試行錯誤を重ね、一進一退を繰り返してきたようだった。稀有な才覚の持ち主であるアリスと、その分野の専門家――それもトップクラスの――であるハカセが協力してなお、目指している結果の達成は、少なくとも当面は難しいだろうというのが当事者二人の共通した意見だった。
美夜子はコンピューター関係の難しい話になると頭が痛くなってしまうので深くは知ろうとしないのだが、アリスたちがそこまでひたむきになる理由はよく知っている。協力できることがあるなら協力するが、今は応援することくらいしかできない。
美夜子はスマホをポケットに仕舞って、また歩き出す。都合が合うなら、かわいい妹分であるアリスの顔を見てから向かうつもりだったが、そういうことならば仕方がない。今日この夕桜支社へやってきた本来の目的に戻るとしよう。美夜子は廊下の先にあるエレベーターに入り、待ち合わせ場所である会議室のあるフロアへ向かった。
美夜子は禊屋(みそぎや)というコードネームを使って、夕桜支社の顧問探偵を務めている。顧問探偵というのは、夕桜支社の支社長かつ美夜子の親友でもある岸上薔薇乃(きしがみばらの)が考案し設置した独自の役職だ。主な仕事内容は、社内のトラブル解決のための調査。最近は業界に名が売れてきたようで、仲介を通して外部からの依頼を受け調査に乗り出すことも多い。
禊屋としての仕事を任される時、案件によっては現場に直接呼び出されることも珍しくないが、始めはこの「いつもの会議室」に招集されるというのが基本的な流れだ。そこで、外部との仲介役も引き受ける担当者から仕事内容の説明を受けることになる。
現在、禊屋への仕事の斡旋担当は主に二人だ。一人は禊屋としての活動初期から付き合いのある乃神朔也(のがみさくや)、もう一人は数ヶ月前に別の支部から移ってきたコトブキという男。禊屋のマネジメント等も含めて、基本的には乃神が担当することが多いが、彼が手を離せない時にはコトブキがその役目を担うようになっていた。二人とも支社の主要メンバーで別の仕事を抱えながらになるため、ずっと一緒というわけではない。もっとも、美夜子にとってはそちらのほうがやりやすいので助かっていたが。
美夜子は会議室のドアの前で立ち止まる。二人のうち、今日はどちらが担当なのかは知らされていない。乃神は厳しく気難しい男だが、長い付き合いもあってどういうスタンスで向き合えばいいかはわかるから気楽ではある。コトブキのほうは……少し苦手だ。嫌味なところもそうだが、どうも彼はまだ本性が掴めない。
乃神さんなら、今日の運勢は吉……きっと良いことがあるでしょう。そう心の中で呟きながら、美夜子は会議室のドアを開けた。
「お疲れ様です。お待ちしておりましたよ、禊屋さん」
会議用の幅広テーブルの奥に立ち、出迎えの言葉をかけてきたのはコトブキだった。いつも通りのスーツ姿、やや小柄で、30過ぎくらいのキツネ目の男。
「おや、どうしました? 私の顔を見てがっかりされたようですが」
「いや、気のせい気のせい」
手をひらひら振って誤魔化す。席に着こうとしたところで、他にもう一人、テーブル横に座っている人がいることに気づく。襟足長めの金髪で、キャップ帽を被っている。厚手の白いパーカーにジーンズ、顎に少々の髭を蓄えたチンピラ風の若者だ。目が合うと、相手は椅子から立ち上がった。キャップ帽を取り、直立の姿勢になる。
「お……おはようございます! お初にお目にかかります、俺……グッドラックという者です!」
なにやら緊張した様子で男――グッドラックは言うと、勢いよくお辞儀の姿勢を取った。美夜子はその勢いにやや戸惑いながら応える。
「ああ……どうも、はじめまして……?」
「今回、禊屋さんのお手伝いをさせていただくことになりました! よろしすXXXX!」
最後のほうは噛んだようで聞き取れなかった。多分「よろしくお願いします」と言いたかったのだろう。
「ええと、待って、お手伝いって?」
その疑問にはコトブキが答えた。
「今日のミッション、彼には禊屋さんのボディガードを務めてもらいます。彼はまだうちに入って数週間のルーキーですが、身体能力と戦闘センスには光るものがある。問題ないようであれば、今後も禊屋さんの相棒として動いてもらうことになりますので」
「相棒? ……彼が?」
グッドラックを見る。身体つきだけ見ればがっしりして男らしいが、落ち着かないようにキョロキョロ視線が動いている。
コトブキは補足するように言う。
「ご心配なく。禊屋さんもご存知の通り、ここ最近で支社内のクリーン化が進められたこともあって、彼の背景は入念に調査済みです。スパイの可能性を示す繋がり等は一切見つかっていません。以前のようなトラブルはありませんよ」
殺し盗みなんでもアリの犯罪組織がクリーン化というのも、致命的に何かがおかしい気がするが。
それに怪しいかどうかで言えば、コトブキのほうが怪しい。美夜子は以前、コトブキの姿をナイツの総本部で見かけたことがある。美夜子には一度見たことは忘れない絶対の記憶力があるため、そっくりな人物の見間違い等でなければあれはコトブキだ。そのことを支社長である薔薇乃に伝えたら、それからしばらくして、「彼は大丈夫です」と言われた。いったい何をもって大丈夫と言い切るのかは訊き損ねたが、薔薇乃のほうで何かしらの手を打ったようだった。薔薇乃がそう言うのなら信じるしかないだろう。
「――いや、あたしが気にしてるのはそっちじゃなくてね。……今までみたいに、危ないミッションの時だけシミズさんやヒットマンの人に護衛についてもらうんじゃダメなの?」
「毎回シミズさんの都合がつくかもわかりませんし、ヒットマンを雇うと高くつきますからね。状況によって戦力を加える場合はあるでしょうが、固定のパートナーがいたほうが連携もしやすいだろうと、社長のご判断ですので」
「薔薇乃ちゃんの……」
……別にそういうの、いらないんだけどな。
「何かご不満がありますか? しかし前任の彼がいた時には、上手くやっていらしたのでは?」
あてつけがましい言い方に美夜子はむっとして、手を大げさに振ってみせた。
「はいはい。なーんにも問題ございまっせーん」
「それなら結構。ではミッション内容の説明に入りますので、お二人ともご着席を」
美夜子とグッドラックは言われるままにテーブル横の椅子に座った。
「――とはいえ、私の方からは簡単な説明だけにさせていただきます。詳細については、後ほど乃神さんから伝えてもらう手筈になっておりますので」
「あれ? 乃神さんも一緒なの?」
「はい。先にシミズさんと一緒に準備をしてもらっています。今回は禊屋さんたちに彼らを含めた、4人のチームで当たってもらうということになりますね。今用意できる中、最小限の人数で、最もパフォーマンスを発揮できる編成を乃神さんと私で考えさせていただきました。社長が海外出張中でなければ、静谷(しずや)さんにもご同行いただきたかったのですが、仕方ありませんね」
薔薇乃のボディガードであり、夕桜支社最大の戦力でもある静谷織江(しずやおりえ)は、出張の薔薇乃に付き添っていて不在だ。コトブキの口ぶりからして、織江の戦闘能力をあてにしたかったらしい。
「……うーん」
美夜子は腕組みをして唸る。
「あのー……コトブキさん? もしかしてこれ、結構厄介なヤマだったりする?」
なにやら嫌な予感がして、尋ねる。コトブキは含みのある微笑みを貼り付けながら、頷いた。
「そう、ですね。厄介さにも色々あるかと思いますが……こう言えば伝わるでしょうか。……これは総本部から通達された、コードAのミッションになります」
オーケー、わかった。やっぱり、今日の運勢はダメそうだ。
コトブキから大まかな説明を受けた後、美夜子とグッドラックはエレベーターで下に降りていた。
グッドラックはエレベーターに乗る際もボタンを率先して押してくれたり、扉が閉まらないよう手で押さえてくれたりとこちらを気遣ってくれているのはわかるが、明らかに緊張しすぎだ。これでは仕事にも支障が出てしまうかもしれない。
「あのさ、グッドラック……くん?」
「あっハイ! なんでしょうか!?」
元気が良いのは大変よろしいが、返事の勢いでびっくりしてしまう。
「いや、なんていうか……カタすぎ? 緊張してるのかもだけど、もちっと楽にしていいよ。じゃないとあたしもやりづらいし。ね?」
「は、はぁ……でも、乃神さんからくれぐれも失礼がないようにと言われたんで……」
「さては脅かすようなこと言われた? 気にしなくていいよ。あたしがそんな怖い人に見えるかね?」
グッドラックはぶんぶんとかぶりを振る。
「み、見えないっす」
「でしょー? もっと肩の力抜きなよ」
美夜子はそう言いながらにこりと笑って、顔の横で作ったピースサインをカニのようににぎにぎ動かす。グッドラックは少し安心したようで、久々に水面から顔を出して息継ぎするかのように大きく息を吐いた。
「良かったぁ……いや、俺ほんと、どんな人なのかと思ってて。乃神さんから聞いた話じゃ、最近ずっと機嫌悪いから気をつけろってことだったし……社長と仲良いから気に入らない奴って判断されたら最悪消されるかも、とか言われて……」
「明らかに誇張されてるよ、それ……」
最近ずっと機嫌が悪そうに見られていたという点については心当たりがないでもないが、その後は完全にでっち上げだ。
「――でも安心したっす!」
グッドラックは親指を立てて元気よく言う。
「禊屋さん優しそうだし! 女でうちのエースだっていうからもっと厳しいっていうか、怖ぇー感じのおばさんを想像してたけど、すっげぇ若くて美人だし!」
なんとゆーか……わりと単純そうな子だな、こりゃ。
「ってか、マジで若いっすよね。歳とか訊いちゃっても大丈夫っすか?」
「18。来月で19」
「うおっ、マジで……? まさか歳下とは。ちなみに俺は21っす」
「へー、そんなもんなんだ。もっと上かと思った」
「おっ、そうっすか? へへ、やっぱ貫禄みたいなの出ちゃってました?」
グッドラックは照れたように鼻の下を指の背で擦る。
「貫禄はない。けどちょっと老けて見える」
「な、なかなかはっきり言うっすね禊屋さん……」
「顎髭、剃ったほうが若々しく見えるかも?」
「いやいや、これは欠かせないっすよ。俺が目指してるのはワイルド系アウトローなんで!」
「ああ、うん……まぁ多少強面なほうが相手に舐められなくていいかもね」
グッドラックがパチンと指を鳴らす。
「でしょ!? 流石、わかってるっすね!」
「――んでさ、あたしのほうが歳下なんだし敬語じゃなくていいよ?」
「いや、そういうわけにはいかないっす! 自分この業界ではぺーぺーなんで、禊屋さんのことは先輩として見習わせてもらいます」
「そう? まぁそっちがそうしたいなら」
なんだかんだ、自分を尊敬してくれる後輩に悪い気はしないものだ。
そんなやり取りをしているうちに、乗っているエレベーターが目的階で止まった。ビルの地下一階、ここから地下駐車場に移動する。エレベーターを出て歩きながら、美夜子が尋ねる。
「興味本位だから、嫌なら答えなくてもいいけど……グッド君はなんでナイツに入ろうとしたの?」
「えっ、グッド君って俺っすか?」
「そ。グッドラック君っていちいち呼びづらいし。ラック君だと舌がもつれそう」
「君付けは固定なんすね」
「ん、じゃあ……グラちゃんとかにしとく?」
「それだけはやめてください。グッド君でお願いします。――ここに入った理由っすか。まあ、大したことじゃないんで教えますよ」
グッドラックは少し照れくさそうに話し出した。
「俺ぁ元々、朱ヶ崎のクラブで用心棒をしてたんす。それより前はふらふらあちこち渡り歩いてたただのチンピラで、喧嘩の腕を買われて雇われた仕事でした。用心棒っていっても大したことはしてなくて、迷惑な客をつまみ出したり、たまにいる度が過ぎた奴には鉄拳制裁したりってなくらいです。それなりに上手くやってたんすけど、ある日、店の金庫から金が盗まれたって騒動が起きて……色々あって、俺が犯人だと疑われたんす」
「盗んだの?」
「盗んでないっすよ! 俺は、そういう筋の通らねぇことはしねぇ……」
つい反射的に尋ねてしまったが、グッドラックは悲しげな表情でうつむき、ショックを受けたようだった。そりゃ普通は気にするか。
「わかった、ごめんごめん。それで、どうしたの?」
「店長は俺がいくら言っても信じてくれなかったっす。今にして思うと、所詮は柄の悪いチンピラ上がりだって、最初から信用してくれてなかったんすよね。俺もキレちまって、気づいたら、店長の顔に3発ほどパンチを入れてました」
「うーわ……大丈夫だったの? その……どっちも」
「店長は全治3週間の怪我、俺は即クビっす。俺は後から知ったんすけど、結局それから金を盗んだ犯人が見つかって、俺の暴行は有耶無耶になったらしいっす。勝手な話っすよね。まあ、殴っちまった俺が一番悪ぃんだけど……」
グッドラックは自嘲的に笑う。その状況を想像するとかわいそうだが、彼も彼で頭に血が昇りやすいタイプなのかもしれない。
地下駐車場へのゲートをくぐりながら、グッドラックが続きを話す。
「クビになってしばらくして、ナイツの人から声がかかってスカウトされました。どうも俺が働いてたクラブってナイツの系列店らしくって、そっちの人の耳に俺の噂が届いたんだとか。次の仕事のあてなんてなかったし、俺の唯一の取り柄――喧嘩の腕が活かせるかもしれないってんで、迷わず入りました。まあ、それだけが理由ってわけじゃないっすけど、大体そんな感じっす」
「なるほど……君も大変だったんだねぇ」
「いや、俺なんか全然大したことないっす。そういうのじゃ、もっと若い頃からここにいる禊屋さんのほうが大変そうっていうか……いや、勝手な想像っすけど」
「うーん……どうなんだろうね。そういうのって、大小で測れるものじゃない気もするし――あっ、乃神さんたちいたよ! ほら」
冷え冷えとした地下駐車場の一角、黒いバンの前にスーツ姿の男が二人、立っている。一人は20代半ばほどでオールバックの髪型に眼鏡をかけた、やや神経質そうな――実際そう――男、乃神。もう一人は乃神よりやや歳上っぽい、七三分けでタレ目が特徴的な男、シミズだ。
「おはよう」と美夜子が声をかけながら近寄ると、「おはようございます」とシミズがゆったりと一礼する。グッドラックがそれに続いて勢いよく挨拶した。
「今日も乃神さん、シミズさんと一緒だね。よろしく」
美夜子が言う。二人とは昨日の任務でも一緒だったのだ。乃神もシミズも着実に仕事をこなすタイプだから、一緒だと物事がスムーズに進んで助かる。
「よろしくお願いします。それにしても、禊屋さんは最近仕事を詰め込みすぎなのでは? ちゃんと休めているのですか?」
シミズは美夜子の体調を心配しているようだ。彼の言う通り、年が明けてから美夜子は以前より積極的に仕事を引き受けるようになっていた。
「へーきだよ。なんてゆーか……今は忙しいくらいがちょうどいいんだよね。疲れたらちゃんと休むし、心配しないで」
仕事を増やしたと言っても、危険な仕事の割合はむしろ減っている。それは近頃の夕桜の世情が関わっているのだろう。
「禊屋」
乃神が美夜子に寄ってきて、耳打ちするように言った。
「グッドラックはどうだ?」
当人を横目で見ながら尋ねてくる。
「どうだと言われましても」
「やっていけそうか?」
「そんなのわかんないよ。初めて会ったばっかで、少し話しただけだもん」
「……それもそうだな」
乃神は何度か小さく頷く。
「俺のほうで一通り教育は施したが、どうもせっかちで雑なところがある。すまんがそこは留意してやってくれ」
「なになに? 自分で育てた後輩だから心配なの? 乃神さんでもそういう感情あるんだね~」
美夜子は目を細めて笑いながら、乃神を小突いた。乃神はため息をつき、眼鏡の鼻あてを押し上げながら言う。
「あいつがミスったら俺の責任になるからというだけだ。……本当ならこんな任務は、もっと経験を積ませてからにするべきなんだが」
「それはコトブキさんから聞いた。なんか急なことで大変だったみたいだね」
「ああ……」
ナイツのミッションはその重要度によって扱いが異なる場合がある。今回のミッションはコードA。これは重要度で言うと上から二番目だ。更にとりわけ機密性の高い内容のため、契約ヒットマンの使用を禁止――すなわち夕桜支社の正メンバーのみで対処するように通達が出ている。件のクリーン化の影響で人員整理が行われたばかりだった夕桜支社は人手不足で、新人のグッドラックにもお鉢が回ってきたという次第らしい。
「現状では任務中に戦闘があった場合に対応できる構成員は限られるからな、それであいつも使うしかなかった。お前の護衛係にしても本来なら経験豊富なシミズさんに任せるのがベストだとは思うが、あの人には別の役割を担ってもらう必要がある。そちらはグッドラックには荷が重いし、お前を守りさえすればいいという指針がはっきりしているだけ、護衛のほうが任せやすいと判断した。経験は足りないが、能力があるのは確かだしな」
「なるほどね……。それにしても、今回のミッションって本部の要請だって聞いたけど、どうしてウチに話が来たんだろう? 人員不足で、しかも薔薇乃ちゃんも海外出張中で不安定な時なのに。重要だっていうなら、近くの別の支部に任せたほうが良くない? 鷹津(たかつ)支部とか最近景気がいいって聞くよ」
美夜子の疑問に、乃神も同意するように頷く。
「まったくもって俺もそう思うが、本部のほうでお前を指名したそうだからな」
「あたしを?」
「デリケートな状況への対応力を評価して、とのことらしい。まあ、近隣の鷹津支部も山波(やまなみ)支部も武闘派に寄った組織だから、それはわからんでもない」
「うげぇ~、そんな評価してもらわなくたっていいのに。やっぱ最近目立ちすぎたかな」
優秀な人ほど厄介で割に合わない仕事を押し付けられるんだ。こんな世の中は間違っている……。
「ちなみに薔薇乃ちゃんはこのこと、知ってるの?」
「勿論だ。そもそも、最初は社長の方から連絡があった」
「あ、そうなんだ?」
「こういう任務があるから本部の要請に従え、という話だった。社長と本部の間では事前に話がついていたのだろうな。裁量は俺とコトブキに任せるということだったから、本部から渡された情報を元に、今回の準備を行った」
「ふ~ん……」
手際の良いことだ。薔薇乃も薔薇乃で簡単に注文を受け入れすぎではないかとも思うが、何か思惑があってのことだろうか。最近はなにやらずっと忙しそうにしていてちゃんと話す機会がなかったからか、彼女が何を考えているのかわからなくなることが増えた気がする。では昔はわかりやすかったのか……というとそんなこともないのだが。
――考えたってしょうがないか。必要なことだったら薔薇乃はちゃんと話してくれるはず。今は目先の任務に集中しよう。
ふと後ろを見ると、向こうも二人で話していた様子だ。シミズが「これグロックの新モデルで、まだ出回ってる数が少ないんだよね……」と最近手に入れたというハンドガンのグロック45を見せびらかし、グッドラックはそれを「おおーっ」と興奮気味に眺めている。緊張はすっかり抜けたようである。
「射撃の練習ん時、試し撃ちしたのがグロックの……17、だっけな?――だったんすけど、あれとはどう違うんすか?」
「うん、これはね、簡単に言うとスライドとグリップが――」
実は隠れたガンマニアであるシミズの解説に熱が入り出しそうなところで、乃神が割って入った。
「そろそろ向かうとしよう。皆、車に乗ってくれ。任務の詳細については移動しながら話す」
「わかりました」
名残惜しそうにしながらシミズは銃を懐へ収め、バンの運転席へ向かった。乃神は助手席へ、美夜子とグッドラックは後部座席に乗る。
シミズの運転で車が動き出したところで、美夜子は尋ねる。
「どれくらいかかりそう?」
「阿科(あしな)市の外れの方なので、おそらく1時間近くはかかりますね。それでも約束の時間の30分前には着くはずですが」
阿科市は夕桜市の東側に隣接する街だ。海側にある工業地域に沿うような形で街が形成されている。
「わかった、じゃあしばらくは出番ないね。――あ、お菓子あるけど食べる?」
アリスに渡し損ねた菓子の入ったコンビニ袋を掲げて言う。
「私は遠慮しておきます」
「いらん」
シミズと乃神には断られたが、グッドラックは「いただきます!」と元気の良い返事がきた。
「チョコとグミとあるけど、どっちがいい?」
「じゃ、チョ――」
「あたしこのグミ酸っぱくて苦手だから、こっちあげるね」
「なんで聞いたんだ? ……うっす、あざっす!」
グミの袋をグッドラックに渡してから、美夜子はアーモンドチョコレートの箱を開ける。車はビルの駐車場から、街に出たところだ。助手席の乃神が美夜子たちを一瞥してから言う。
「――じゃあ、そろそろ始めて良いか?」
「ん、どーぞ」
チョコレートを頬張りながら、美夜子は手を向ける。乃神は資料をまとめてあるらしいファイルを足元のバッグから取り出すと、今回の任務について改めて説明を始めた。
「コトブキから大まかな内容は聞いていると思うが、一応順を追って説明していこう。……昨日の夕方頃、ナイツ阿科支部の支部長であるブリッジという男がある組織によって誘拐された。ブリッジは昨日休日で、自宅近くの公園で飼い犬の散歩をさせていたらしい。ブリッジは、オフでも出歩く時には常に護衛を連れて行く習慣があった。昨日も二人の部下をボディガードとして連れていたが、公園の公衆トイレ裏で両名の死体が見つかっている。現場の痕跡からしておそらく、ブリッジがトイレに入ったところで襲われ、拉致されたのだろう。待ち伏せをされていた可能性が高い。そして昨日の20時過ぎに阿科支部へ、捕らわれたブリッジの写真付きで誘拐グループから連絡があった。内容は、身代金一億円と引き換えならブリッジを無事に返す、というものだ」
支部長クラスの人間が誘拐されたとなれば、総本部が動くのも納得だ。それにしても大胆なことをする連中がいたものだ。
「誘拐グループの名前は『アンバークラウン』。ガニーと名乗る男を中心とした組織だ。その危険度ゆえ、二年ほど前からナイツでマークしていた組織の一つだった。現在までに調査で判明している範囲では、アンバークラウンは誘拐を専門としており、人質と身代金との交換、人質から得た情報を元にした恐喝などが主な手口とされている。組織内に少なくとも三人のヒットマンを抱えており、組織の戦闘能力は高いと推測される。リーダーのガニーは数年前まで別の半グレ組織の幹部をやっていたことがあり、シノギの立案から拷問まで幅広く担当していた。また、非常に凶暴かつ用心深い性格であることが知られている」
「んー、なるほど……つまり結構ヤバめの組織ってことでおーけ?」
乃神は「ああ」と言って頷く。
「かなりのものだ。実は阿科支部とは前からトラブルを起こしている。阿科支部が管理しているセクキャバ店で、個室に入った男がキャストに暴力を振るいレイプ未遂の騒ぎがあった。気づいた男性店員が力づくで引き剥がしたが、男はひどく酔っていて、ナイフを取り出して暴れだした。当然、店の用心棒は取り押さえようとする。ところが、もみくちゃになった際に男が自分のナイフに刺さって死んでしまう。この死んだ迷惑客が、アンバークラウンのメンバーだったんだ」
「あー……それはまた、面倒くさそうな……」
「この事件が今からひと月ほど前のこと。事件そのものは阿科支部の働きで隠蔽され表沙汰になることはなかったが、どこかから情報が漏れたらしい。アンバークラウンは、今回の誘拐についてこの件に対する報復だと主張している。一億円という要求は、単にブリッジの身柄に対する身代金というだけではなく、仲間を殺したことへの賠償金を含むものであると」
グッドラックがそれを聞いて不愉快そうに舌打ちする。
「勝手な話だぜ。報復って、そいつがバカな真似して勝手に死んだだけじゃねーか。なんでウチのせいになんだよ? 責任なすりつけて被害者面しやがって……」
「この業界では珍しくもない話だ。証拠があればよかったが、ちょうど店のカメラにも映っていない範囲だった」
難しい問題だ。仮にカメラに映っていたとしても、よほどはっきりしていない限りはどさくさ紛れに殺したと主張されかねない。
「ちなみにトラブルの対応に当たった用心棒だが、まる二日ほど連絡が取れないらしい」
「もしかして、アンバークラウンに?」
美夜子の質問に乃神は頷く。
「わからん。が、先んじて報復された可能性はあるな」
「ふぅん……」
かといって、これも証拠がないのなら決めつけて糾弾することもできない。美夜子はまた別の質問をしてみる。
「途中ちょっと気になったんだけど、このミッションに関して阿科支部ってどういう立ち位置?」
「情報提供での参加だけだ。説明した通り、ブリッジの行動予測にしろ、セクキャバ店でのトラブルの顛末にしろ、アンバークラウン側へ情報が漏れている可能性が高いからな」
「身内にスパイがいるかもしれないから、ってことね」
「本部主導でそちらの調査も並行して進められているが、まだ成果はないようだ」
阿科支部は動けないものと見ておくべきだろう。
「本部の意向は、取引には応じるってことだったよね?」
「そうだ。気前よく相手の要求分の一億も用意してくれている。大まかな流れとしては素直に金を渡し、人質を回収して戻れば良い」
「わお、楽そうでいいねぇ」
「口で説明するだけならな」
簡単に終わっては…くれないだろうな、多分。そんな予感がする。
「そんで、今向かっているのは、相手に指定された取引場所?」
「ああ。おそらく、アンバークラウンのアジトだ。幾つかある活動拠点のうちの一つだとは思うが」
一定の規模以上の犯罪グループなら、複数のアジトを持っているのは珍しくないことだ。
「ふぅん……この手の取引なら、アジトより別の場所を選びそうなものだけど。人目につかない貸倉庫とかが定番だよね」
「こちらの騙し討ちを警戒してのことだろう。取引場所が自分たちのホームなら罠を仕掛けられるリスクは減らせるからな」
「逆に向こうは仕掛け放題?」
「そうとも取れる……が、どちらにせよこちらでやることは同じだ。相手を下手に刺激せず、穏便に事態を収める――それが俺たちに求められている結果だ。間違っても、交渉決裂して殺し合いに発展するようなことがあってはならない」
「下手すりゃ戦争の引き金になる、か……。ほんと、頭痛くなりそう」
美夜子は額に手を当て、ため息をついた。
「あのー……」グッドラックが遠慮がちに手を挙げる。「コトブキさんもそんなようなこと言ってたっすけど、戦争って何のことっすか?」
乃神は後ろを振り向いて、グッドラックに呆れたような視線を向けた。グッドラックは慌てて言い訳を述べる。
「あ、いや、ほら。ちゃんと聞いてはいたんすよ!? ただ俺、バカだし新参者なんで……聞いててもよくわかんねぇことも多いっつうか。コトブキさんに訊いてみようとも思ったんすけど、初対面の禊屋さんにいきなり『あっ、こいつバカだ』って思われたらマズいかなって……」
「あー、あたしのこと怖い人だと思ってたからか……。乃神さんが脅かしたせいだねー」
美夜子が言うと、聞いているだけだった運転中のシミズが吹き出すように笑った。
「失礼」
咳払いで誤魔化すシミズを横目で見ながら、乃神は呆れたように頭を掻く。
「少しでも緊張感を持たせようと思ったんだが、逆効果だったか……。まぁいい、俺から説明しよう」
「うす、お願いしまぁす!」
膝に手を付き勢いよく頭を下げるグッドラック。こういう素直なところは、なんだかんだで乃神も嫌いじゃない様子だ。
「――戦争というのは、ナイツと伏王会(ふくおうかい)との戦争――つまり大規模な抗争のことだ」
「伏王会……たしか、ウチと似たようなことしてるライバル組織っすよね」
「そうだ。ナイツと伏王会は利益重視で多種多様の犯罪を扱う全国的組織という点で共通する。そうなると必然的に権益を奪い合うことになるわけだが、これほどの規模を持つ組織同士の争いは、度を越せばお互いに疲弊していくだけだ。よって、ナイツと伏王会の間での抗争を禁止するという協定が生まれた。それからも末端での小さな諍いは断続的に発生したが、協定の抑止力があったからこそ、今まで大きな騒動には至っていない」
この近辺では特に穏やかなもので、去年のクリスマスの事件――審問会という舞台で美夜子が伏王会とある殺人事件の真相を巡って争った出来事――からのここ二ヶ月あまりは、伏王会とのトラブルは起こっていなかった。
「それはわかったっすけど……」
グッドラックは更に尋ねる。
「でもなんで、今回の取引に伏王会が関係あるんすか?」
「今回の事件の主要人物、アンバークラウンのリーダーであるガニー。こいつが問題だ」
「問題って?」
「調査結果によると……ガニーには兄弟がいる。血の繋がった兄がな。それが伏王会幹部の一人、淵猿(ふちざる)。大物だ」
「あっ、じゃあ、殺し合いになるとマズいっていうのは……」
「万が一、俺たち――ナイツの人間がガニーを殺すようなことになったとしたら……それによって淵猿の怒りを買う可能性が非常に高い。それに淵猿は、伏王会幹部の中でも強硬派で知られる人物だ。ナイツに殺された実弟の仇討ちを大義名分に、戦争を仕掛けようと動くことまで、充分に有り得る。そこまでの事態になったら、協定の抑止力があっても止まるかどうかは……危ういだろうな」
「そういうことかよ……」
グッドラックはようやく状況を飲み込んだようだった。
「でもそれならさ」
美夜子が割り込む形で乃神に質問する。
「伏王会側にクレーム入れたら、向こうでなんとかしてくれないのかな? 報復にしたって、支部長誘拐はやりすぎでしょ」
「本部のほうで既に対応はしたが、伏王会は無関係であるとシラをきられたらしい。事実、ガニーの血縁に伏王会の重要人物がいるというだけで、アンバークラウン自体は伏王会と契約関係にない。少なくとも、今はな」
「今は?」
「一週間前だ。アンバークラウンが伏王会と契約を切ったのは」
「……あからさまだね。協定の縛りがある伏王会に止められないように抜けたってことでしょ? 先に今回の事件を起こす予定があったから」
「そうだろうな。伏王会側も、それを黙認している可能性がある」
「ほっとけば戦争になるかもしれないのに?」
「そうなっても構わないと思っている……あるいはそうなることを望んでいる人間が、伏王会の中枢近くにいるのかもしれない。それが一人か複数人なのかはわからんがな。組織としてはともかく個人レベルで見れば、立ち回り次第で戦争による益を享受できる人間はまぁ、いるだろうな」
「はー、やれやれだねまったく……」
美夜子は力なくかぶりを振った。なんとも、きな臭い話だ。それになんだか、こちらだけルールを守らされているかのようで理不尽だ。……悲しいことにこの業界でそういった類の理不尽はよくあることで、嘆いたところでどうしようもないのだが。
「――だいじょぶ、グッド君? ついてきてる?」
口に放り込んだチョコレートを噛み砕きながら、グッドラックを見る。
「なんとか……多分」
こくこく、と眉をひそめながら頷く。
「そうか……俺らがちょっと対応ミスるだけで、そんな大変なことが起こるってのか……」
「なんだ、怖気づいたか?」
乃神の問いかけに、グッドラックは一瞬間を取ったが不敵に笑ってみせた。
「まさか。上等じゃないっすか。要は、そのリーダーを殺さないように気をつければいいんしょ?」
「殺しさえしなければいいとか思っていそうだから忠告しておくが、怪我をさせるのも駄目だぞ。いや、そういう暴力を振るう状況にさせること自体がアウトだと思え。つけ込まれる隙になる」
「わかってますって。相手を刺激せず、怒らせない! ……でも、相手が信用できるかどうかは別っすよね?」
「どういう意味だ?」
「なんつったっけ、その、アンバークラウン? そいつらが、本当に約束を守る気でいるかはわからないってことっすよ。取引っつったって口だけで、金だけ奪ったら俺らを騙し討ちにする気かもしれねぇ。それとも、そうならないって根拠があるんすか?」
「一応それくらいのことは考えられるわけか」
「へへっ、まぁな」
グッドラックはドヤ顔で胸を張る。今のは本人的には褒められた扱いになるらしい。乃神はそのリアクションは無視して続けた。
「前提として……おそらく、本部としてはそのリスクを承知している。つまり、俺たちが死ぬことになったとしても問題ではない……とまでは言わないが、それならそれで構わないくらいに考えているだろう」
「ああ? なんだそりゃ。俺たちが下っ端だから、死んでも惜しくないってことかよ?」
「有り体に言えばそうなる。そうでなければ、うちの戦力不足を知りながら応援の一人すら寄越さないというのはな……。本部の立場からすれば取引の反故――こちらに一方的な被害があればアンバークラウンの敵対が決定的になり状況が変わる。場合によっては、ガニーごと組織を殲滅するという選択も可能になるだろう」
「くそっ……理屈はなんとなくわかるけどよ……俺たちは道具かよ。ムカつくぜ」
乃神の推測ではあるが、概ねその通りであると思う。穏便にことが済めばそれで良し、もし失敗しても、こちらが一方的にやられる分には致命的なことにはならない。本部にとって避けたい最悪は、今の微妙な状況下でガニーを殺傷してしまうことだ。
美夜子は唇を指でなぞりつつ、考えを口にする。
「でもさ、下っ端のあたしたちはともかく、支部長クラスであるブリッジさんは気軽に切り捨てられるような人間じゃないと思うけど」
「どうだろうな。一応、助ける気はあると思うが……既に阿科支部では後任を立てる動きが始まっていると聞く。ブリッジのことは、一億で助けられるなら助けるというだけかもしれない。今後、それ以上のコストやリスクをかける価値がないと判断されれば簡単に切り捨てられる。そういう組織だろ、ナイツっていうのは」
「うーん……それはたしかにそう」
「まあ、あくまで今のは本部の都合を推し量ってみただけのこと。問題はアンバークラウンがどう動くかだ」
乃神は更に続ける。
「断定はできないが、少なくともアンバークラウンには取引を成立させる気があると俺は見ている。根拠としては、本格的にナイツを敵に回したところで奴らにメリットがないということ。おそらくガニーはその優位性を自覚して兄の存在を盾に使っているが、やり過ぎれば制裁を受けることも理解しているはず。あくまで今回はそのギリギリをついた計画であって……わざわざラインをぶっちぎっていく理由があるとは思えない。
奴らが今回の誘拐に対して報復という体裁を取っているのも、その裏付けの一つだ。ナイツと完全に敵対するのは避けたいという思考から出た行動だろう。取引が終わったらそれでケジメだという流れを作りたい……そんな考えが読める。取引を反故にすれば意味がなくなる伏線だ」
うわべだけの理由付けや大義名分でも、状況によっては重要になってくる。少なくともそういった理由があれば、厄ネタであるガニーに関わりたくないナイツとしては、適度なところ……つまり取引を終えた時点で手を引く言い訳ができる。アンバークラウンはそれを想定している……逆に言えば、アンバークラウンとしてもナイツと本格的にコトを構えたくはないわけだ。
「だが、絶対に上手くいく、とは言い切れないからな。だからこちらも打てるだけの手は打っておく……色々と限定された状況下ではあるが。シミズさんにもそのために動いてもらう」
緩やかなカーブを手慣れたハンドル捌きで曲がりながら、シミズが話し出す。
「はい。私は、取引の予定地点近くで皆さんとは一度別れ、先に偵察を兼ねて待機させている二人の支社メンバーと合流します。そこからはアンバークラウンに気取られぬように近くで潜伏……取引の間は周囲の様子を伺いつつ、何か変わったことがあれば禊屋さんにインカムで連絡させていただきます。また、緊急事態が発生した際には予備兵力として動くことになっておりますので。禊屋さんたちを助けに向かうか、逃げたアンバークラウンを追うか、もしくはそれ以外の何かか。その時々の状況で動き方は変わるでしょうが」
グッドラックが「おー」と声を上げる。
「乃神さんから聞きました、シミズさんってすげー強いんすよね! 頼もしいっす!」
「いや……あまり持ち上げられると困るからさ、ちょっと銃が使えるというだけだから……」
シミズは苦笑いで軽く頭を下げた。
シミズは支社内の射撃大会で優勝したこともある銃の名手だ。それに昔、薔薇乃の先代にあたる支部長を護衛して、Bランクを持つ強者のヒットマン二人を退けたこともあるという。穏やかそうな中堅サラリーマンといった風貌だが、支社内では有数の実力者なのだ。15年目のベテランだけあって判断力もあるため、こういう柔軟性を求められる役割は向いているのだろう。
乃神が加えて言う。
「それと……万が一のために、奥の手も用意した。本来の用途で使う想定はしていないが駆け引きには有用だろう。それは後で禊屋に渡す」
美夜子は苦み走ったように眉根を寄せる。
「うげ……もしかしてアレ使うの? 緊張するから嫌なんだけど……」
「言ってられる場合か。我慢しろ」
一蹴されてしまう。聞いていたグッドラックが興味深そうな顔をした。
「アレってなんすか? 奥の手って?」
乃神は面倒くさそうにして、
「後で見せてやる。――それより禊屋、取引に関してだが……」
その後は乃神から取引の進め方について一通りの説明を受ける。これは乃神とコトブキの手で細かい補足はされているものの、大部分は本部からの指示そのままらしい。アンバークラウンの要求に応じることも含め、この指示に従って動くのが上からの要請なのだろう。
「あの、俺はどうすりゃいいっすか?」
グッドラックの質問に、乃神の答えは簡潔だった。
「禊屋の邪魔をしないこと、禊屋の身に危険が及びそうなら身を挺して守ること。お前に求められるのはそれだけだ。余計なことはするなよ」
「なーるほど、そんくれぇなら俺にもできそうだな。任せといてくださいよ、禊屋さん! しっかり守らせてもらいます!」
やる気に溢れた様子でこちらに笑顔を向け、ぐっと親指を立ててるグッドラック。(大丈夫なのか、コイツ?)と言いたげな乃神と目を見合わせて、美夜子は苦笑しつつ肩をすくませた。
まぁ……やってみるしかないでしょ。
車を走らせて約一時間後、美夜子たちは目的の場所近くまで来ていた。
「見えるか?」
「ん……おっけー、あそこだね」
乃神から渡された双眼鏡を覗き、美夜子は車内から向こうの様子を伺う。アンバークラウンに気づかれないようまずは離れた場所から、状況を確認するのだ。
アンバークラウンから指定された取引の場所は彼らのアジト――阿科市の郊外にある『中屋馬(なかやま)工務店』という看板の掲げられた木造二階建ての建物だった。調査班が掴んだ情報によると、看板にある工務店は既に廃業していて、事務所の入っていた建物を再利用しているようだ。事務所の隣には同じくらいの大きさの作業場がある。
周囲は開けた田園地帯で、まばらに民家が見える。乃神の話では辺り一帯が廃村間近であり、現在も居住者がいる家はかなり少ないらしい。見るからに荒れ果てた廃屋や、数年手入れのされた形跡がない田畑もちらほら。
中屋馬工務店の敷地は高さ2メートル前後のブロック塀に囲まれており、入り口はスライド式の門で仕切られていた。角度的にここからでは門の向こう側は見えない。
工務店の裏手は塀を越えると小高い山に接しており、雑木林が広がっていた。
『シミズです。聞こえますか?』
右耳に付けたワイヤレスのイヤホンを通してシミズの声が聞こえる。同じものをチームの全員が付けており、連携してある小型マイクをオンにして話せば離れながらやり取りが可能だ。通信はスマホのインカムアプリで行っている。インターネット接続できる環境下であるというのが条件になるが、高価でかさばる無線機を持ち込むよりもスマホ一つで済むこちらのほうが身軽だし、通信の安定性も上だ。通話アプリを用いたグループ通話では繋ぎっぱなしになるのに対して、こちらは必要な時だけ通信できること、送信相手の切り替えが簡単なことなども利点である。
運転席に移動した乃神が、美夜子とグッドラックに確認を取ってから、応える。
「乃神です。こちらは全員問題なく聞こえています。電波も問題ありませんね」
『了解しました。こっちは目標ポイントに着いて、待機メンバーの二人と合流したところです』
シミズは少し前に別行動を開始し、アンバークラウンから察知されないように迂回しながら工務店裏手の山側へ移動していた。
『ざっと周囲を探ってみましたが、我々以外の人の気配はありません。トラップのようなものもなし。監視にはちょうど良い場所ですから、それだけに警戒されている可能性もあると思ったのですが』
シミズは続けて、監視ポイントから双眼鏡を通して見える状況を伝えてくれる。
『こちらは高所の斜面ですので、塀の先の彼らのアジト周囲が見えます。建物の内部に関してはこちらからは小さな高窓が幾つか見えるだけで中の様子まではわかりません。二階東側に普通サイズの窓もありますが、木の板か何か張り付けられていて塞がれています』
わざわざ窓を塞いでいるのは、それほど大事な部屋だからなのかもしれない。そこに人質が囚われている可能性もある。
『建物までの距離は50メートルほど、ここなら林の木々が邪魔になるので向こう側が警戒していないのなら気づかれる恐れは少ないかと。懸念点があるとすれば、ここからでは建物の西側一面が見えないことでしょうか。一応、そちらには裏口があるらしいのですが』
シミズたちが位置取っている小さな山は中屋馬工務店事務所の北東側にあり、その西側は広々とした田畑になっている。塀で仕切られた事務所の敷地内を監視するにはそれなりの高さが必要だが、西側にはそれに適した場所がないのだ。建物正面の南側は外側で待機する乃神がカバーできるが、敷地内の西側はノーマークにならざるを得ない。
「どうする禊屋。万全を期すというなら車に積んである小型ドローンを使うが」
乃神の提案を、美夜子は手をひらひら振って断る。
「見られたり音で気づかれたら向こうを刺激することになりかねないよ。そうでなくても付け入られる隙になりそうだし、それはやめとこ。今日は風が強くて墜落する危険もありそうだしね」
敷地内が見えないというだけで、西側の塀を越えて人や物が出入りすれば乃神が気づくはずだし、一方向だけ監視が甘くなったとしてもそれで発生する不都合はそうそうないだろう。見えない場所と言うなら塀の陰や事務所隣りの作業場の陰なども同じこと。相手がこちらの監視を見越して動いているという可能性は考慮しておく必要はあるが。
「わかった。ならそのままでいこう。――シミズさん、合流した二人から何か情報はありましたか?」
シミズが答える。
『5時間ほどここで監視を続けていたそうですが、見える範囲ではアンバークラウンに目立った動きはなかったそうです。建物の外には常に見張り役が一人いて、おそらく2時間ずつの周期で交代している模様。今も一人、大柄の男が敷地内をふらふら歩き回っていますが、情報にあった『キーパー』というヒットマンと人相が一致します。装備は少なくともハンドガンを一丁、先ほどプレスチェックしているのが見えました。今は腰後ろに差しています。外見上わかるのはそれくらいでしょうか』
「了解。また何かあれば連絡を」
そう言って乃神は通信を切る。
「キーパー。Bランクのヒットマンだな。体格と力に優れながら、丁寧かつ冷静に仕事をこなす。敵に回すと手を焼くタイプだな。アンバークラウンでは副リーダーを張っていることが調査でわかっている」
「うん。さっきの資料にあったね」
美夜子は手元のステープラ留めされた紙の束を開く。アンバークラウンについて所属メンバーの名前、性格、顔写真など、現段階までにわかっていることをまとめた資料だ。入れ替わりの激しい組織のようで欠けている情報も多いが、その中でも古参であるキーパーはリーダーのガニーに次いで情報が揃っている。
グッドラックは同じ資料を見ながら、考え込むように言う。
「……Bランクっていったら、殺し屋としては結構なレベルっすよね。乃神さん。そもそも戦闘は避けろってのはわかった上で聞きますけど……もしもの話、俺が戦って勝てる相手だと思います?」
「無理だろうな」
「かーっ、即答かよ!」
「身体能力だけなら対抗できる可能性はある。だが、殺しを前提にした実戦経験の差は大きい。絶対とは言い切れないが同じ条件でやり合ったとしたらまず勝ち目はないものと思え」
「うーん……そういうもん?」
「そういうもんだ。まぁ……素人同然の男がBランクのヒットマンを相手に勝ったという事例も中にはあるがな。ああいうのは運が良かっただけだ。参考にするべきではない」
「へぇー、世の中にはすげぇ奴もいるんだな」
まさか自分の前任者のことだとは思うまい。
「でも乃神さん。運が良かっただけって言うけど、俺ぁそういう勝負時の運の良さ含めてそいつの強さだと思うぜ。俺も運は良い方だからよ、なにせグッドラックだかんな」
そう言って、彼は自信満々に親指で自分の胸を指す。乃神は「わかったわかった」と手を動かし、
「頼むから血気に逸るような真似はしてくれるなよ。アンバークラウンが抱えているヒットマンはキーパーだけじゃないはずだしな」
「わーかってるって、聞いてみただけだって」
やれやれ心配性なんだから、とでも言いたげな表情でグッドラックは頷く。
美夜子は車内のデジタル時計を見て、乃神に尋ねた。
「ところで、まだゆっくりしてて大丈夫なの? 早めに行ったほうがいいんじゃ……」
乃神も時計を一瞥してから、かぶりを振る。
「約束の時間まではまだ20分以上ある。準備はしておくが、動くのは5分前になってからでいい」
「そんなギリギリにする必要ある?」
「ある。ガニーはそのあたり過敏な男なんだ。過去に約束の30分前に来た相手を強盗扱いして射殺したという記録が有る」
「……おーけー、じゃあじっくりいきましょ」
それからしばらく、取引の手順や注意点について確認し合うと、乃神は必要な道具を取りに行くと言って運転席を出てトランクへ回った。
後部座席に二人きりになると、グッドラックが話しかけてくる。
「禊屋さんは、任務で緊張することってあるんすか?」
美夜子は微笑して頷く。
「あるよ。なんなら今もしてるし」
「そうなんすか? 全然平気そうに見えたけど」
嘘ではない。下手を打てば命に関わるような仕事が大半を占めるのだから、緊張するのはむしろ当然だろう。
「そりゃ最初の頃よりは慣れたけどね。でもグッド君も平気そうじゃん?」
グッドラックは苦笑いを浮かべてキャップ帽を押さえる。
「いや、俺は実のところ結構ガチガチっす。なんとか奮い立たせてるって感じっすよ」
そりゃそうか。ルーキーのうちからコードAの重大任務を任されるなんて普通のことじゃない。
「まぁでも、禊屋さんから平気そうに見えてんなら上等だな」
グッドラックは、首にかけているチェーンアクセサリー――ペンダントのようなものを手で握りしめ、気を落ち着かせようとするかのように深く呼吸している。美夜子はそれを見て尋ねた。
「それ、何か訊いても良い?」
「あー……これっすか? なんつーか……お守りみたいなもんっす」
それを首から外して見せてくれる。ロケットペンダントというやつだ。ロケットを開くと、そこには20歳前後くらいの女性の写真が入っている。女性は今時のギャル風の化粧でウインクとピースサインをしていて、元気の良さそうな印象を受ける。
「かわいい人。もしかして、彼女さん?」
「恭子って言います。自分で言うのもなんだけど、俺にゃ勿体ねぇくらいのいい女! 昔、俺が荒れてた頃に立ち直らせてくれたのもこいつで……」
グッドラックはそこまで言うと、照れたように笑いながらペンダントを戻す。
「あー、こういうこと言ってっと、なんか死んじまう前フリみてーだからやめときます」
「たしかに」
美夜子もクスリと笑う。
「――まあ、こいつはクズの俺に微笑んでくれた幸運の星なんです」
「御利益がありそうだね」
「でしょ?」
グッドラックは嬉しそうに笑う。言葉や反応から彼にとって大事な恋人だということが伝わってくる。
「……恭子さんは、君がこの仕事してることは?」
「もちろん、知らないっすよ。ナイツのことは外部…とくにカタギの人間に漏らすと制裁もあり得るって、入る時にめちゃくちゃ注意されたんで。仕事のことは適当に嘘言って誤魔化してます」
「そっか。そうだよね」
では、彼が犯罪組織に関与していて、些細なきっかけ次第で死ぬということも知らないわけだ。人の選択をとやかく言う資格など自分にはないが、彼はそのことを充分考えた上でナイツに入ることを決断したのだろうか。
思案していると、グッドラックがキャップ帽を頭から外し、崩れた形を整えながら言う。
「カタギの恋人がいるのにこんな危ねぇ仕事して……って思ってます?」
「あ――ええと……」
ふいに図星をつかれてうろたえてしまう。そのままを口に出しはしなかったとは言え、露骨すぎたか。
「ごめん、余計なお世話だったね」
「いや、気にしないでください。俺もその通りだと思ってます。でも、俺にはそれでもやんなきゃなんねぇ理由があるんで……」
そう言って、グッドラックはキャップ帽を深く被り直した。彼には彼の事情があるのだろう。
「わかるよ。あたしもそうだから」
美夜子は自分の指先を見つめるようにして言う。
「心配してくれる人がいるのにこういうことしてるんだもん。あたしの場合それがただの自己満足だから、余計に救えないバカだって思うんだけどさ」
「自己満足……っすか?」
普段は殆ど人に話すことはないのだが、こちらから色々訊いてしまった手前もあるし、打ち明けてしまうことにした。別に、仲間にまで絶対に隠したい秘密というわけでもない。ただ、表情を見られたくなくて、グッドラックとは反対側の窓に顔を向ける。
「あたしは復讐のために禊屋をやっているの。裏の世界にいた方が、その相手に近づけるはずだと思ったから。その相手っていうのは本当に……悪魔のような奴で。三年前に、あたしの……大切な人を奪っていった……」
――違うでしょ?
車の窓ガラスに映った自分と目が合う。
――あの人を喪うことになったのは……。
「ッ……。だから……あたしはそいつを必ず見つけ出して――」
――お前のせいだ。
「――殺さなきゃいけない」
混ざり合って黒く濁った思いが溢れ出そうになって、それを断ち切るように美夜子は言い切った。このくらいのことで心を乱しているわけにはいかないのに、やはり胸が詰まって苦しくなってしまう。いつまでも弱いままの自分が腹立たしくて、握りしめた拳に力が入る。
そこで会話は途切れ、車内には二人の僅かな呼吸音だけが残った。
「………あーっ」
少しして落ち着きを取り戻した美夜子は、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱すと、グッドラックへ誤魔化すように笑いかける。
「なんかごめん。引いちゃったよね?」
「い、いや。そんなことないっす!」
グッドラックは慌てて手を振る。なんと言葉をかけたら良いものか迷っているような様子だ、無理もない。
「えーっと……その、復讐の相手ってなんてやつなんすか?」
「え?」
「禊屋さんがその目的で夕桜支社にいるってことは、そいつも夕桜の街にいたんすよね? ほら、俺って結構昔からあそこでワルやってたんで。もしかしたら知ってるかも……って思ったんすけど」
薔薇乃にも協力してもらって数年探しても未だに見つかっていないのだ。グッドラックが偶然手がかりを握っているとは思えないが……一応確認はしておこう。
「あたしが探している犯罪者は……『黒山羊』って名乗ってたよ」
グッドラックは鼻先を指で擦りながら「黒山羊、黒山羊……」と自分の記憶を辿る。そして。
「――……それって、爆弾魔か何かじゃなかったっすか? 昔、そいつのことが書かれた記事が話題になってたような」
「うん……そうだね。そんなこともあった」
その件については、たまに覚えている人もいる。だが今の美夜子が求めている手がかりではない。
「それ以外のことで何か知っていることはある?」
「うーー…………すんません。覚えがないっす」
申し訳無さそうに頭を下げるグッドラック。
「いや、別に期待してないから」
黒山羊は殆ど痕跡らしい痕跡を残していない。黒山羊という名前も三年前の事件以降は使っていない可能性だってある。今はまったくの別人として動いているのなら、限られた情報しか持たない美夜子はかなり分が悪い。
だが、美夜子には確信に近い思いがある。あの悪魔的犯罪者が今も生きているのなら、このまま何もせずじっとしているとは思えない。いつか必ず、何らかの動きを見せるはずだ。その時こそ絶対に尻尾を掴んで、この手で……………………。
……この辺にしておこう。美夜子は極力明るい口調でグッドラックに言う。
「――ま、あたしの昔話なんて気にしなくていいからさ。今はお互い、目の前の仕事に集中しようじゃないか。新人クン?」
「そうっすね……わかりました」
車の窓をコンコンと叩く音がする。視線を向けると、いつの間にかそこに立っていた乃神が窓越しに言う。
「そろそろ始めるぞ」
美夜子は頷き、手を叩くと、グッドラックに向けて言った。
「じゃ。行こうか」
「了解っす!」
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