朴念仁③

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朴念仁③

 「すまない」  そう言って部屋に入ってくるなり頭を下げるのは、本日自分の夫になった美丈夫である。  洗髪後の彼の頭髪は乾ききっておらず、明るさを落とした間接照明に照らされ金髪がキラキラして見える。  ――こうやって見てると顔は良いのよね。性格が分からないんだけど・・・  どうにもコミュニケーション不足過ぎで彼の行動が読めなくて困った顔で固まる新妻。  ――君を愛する事はない? とか? 言っちゃったりするのかしら? 「ええと、あの? どうなされました」  彼女が声を掛けると、下げていた頭をガバリと上げてその青い双眸が此方を向いた。  その目には今まで見たこともないような、欲情の揺らめきが見えた気がして彼女は、  ――え? ちょ、コワッ!  と思わず腰が引け青ざめる。  ――今まで私に興味なさそうにしてたでしょッ!!   有無を言わさず逃げ腰になっている彼女を抱きしめようと手を伸ばす彼を見て思わず 「ひえっ!」  と声が上がったのは仕方がないだろう。  もっとも騎士であり毎日鍛錬を欠かさない夫と比べると、生まれたてのポニーみたいな弱っちい妻である。  あっさり彼女が捕まるのは想定の範囲内だ。 「・・・・・・」  無言のまま彼女の濡れたように艷やかな唇に視線が釘付けの男は、そのまま口付けをしようと顔を近づけるのだが、彼女の方は大混乱。  ――なになに何なのおぉお~ッ?! この人、女の身体だけが目当てなのッ?!  ガッチガチのまま叫び声を上げそうになったその時に・・・ 『スッパァーーーーーーーンッ』  と軽快な音が部屋中に広がったのである。  ×××  花婿の頭に直撃したのは、金色に輝く扇子の様な形をした物で、彼の頭に直撃すると同時に『バラララッ』っという音を立ててひと塊になった。  天井から突如飛び降りてきた全身黒タイツ姿の不審人物は、その手に持った金のハリセンを無造作にもう一度彼の頭に直撃させる。 『スッパァーーーーーーーンッ』 「お、おい、何者だッ」  涙目になって振り向いた花婿が両手で頭を押さえた為、自由になった彼女は喜んでベットから転がるように床に降りてソファの背もたれに隠れてしまう。  いや、丸見えだが・・・ 『天誅ッ』  不審者はもう一度花婿の頭をハリセンで・・・今度は角度を変えてぶん殴る。  角度は直角90度―― 「痛ッ! なぁッ!?」  そうハリセンは紙製であっても側面だと結構痛いのである。 『おまッ、アホかッ! 口下手にも程があるわッ! 嫁さんに愛の言葉も贈らずにいきなり事に及ぶとか、獣かッ! 怖がってるだろがッ!』 「え?!」  思わず逃げた花嫁を振り返るが、ソファーの背もたれから目だけを出した彼女はブンブンと民芸品の赤ベコのように頭を縦に振った。 「えっ!?」 『ちゃんと考えてみ? その金髪キラキラの頭って、ただの飾りじゃないだろが。彼女がすぐ側にいても今まで話しかけも、ん~にゃ、君ったら声がけすらほぼしないまま婚約期間2年よ? 2年! 婚姻式の席次も招待客の選定も母親と彼女に丸投げ、婚姻式の衣装も一緒にカタログすら見ない上に笑顔も見せず、いきなり初夜でとかッ! アホ過ぎてナミダがちょちょぎれるわッ! この脳筋ッ!』  何故か夫が怪しい黒子に説教されるのを新妻はそーだそーだと云わんばかりに涙目で赤ベコ化している・・・ 「え・・・、伝わって無い?」 『花束を送りつけるだけでカードも無しで何が伝わる?』 「いや、誕生日のプレゼントとか、ドレスとか・・・」 『だーからよーお、婚約者の義理みたいな行為だけで気持ちが伝わらね―っての。わっかんねえかな? コミニュケーションが無さ過ぎだろがデートは? デート』 「いや、忙しくて・・・」 『手紙くらいは書けるっしょ』 「何を書けば・・・」 『愛の言葉?』 「いや、ソレはちょっと・・・」 『何? いやなん? 嫌いなん?』 「ちッ違うっ、俺は彼女が好きで、でも歳が離れ過ぎで何を書いて良いのかが分からんくて・・・」 『で、サボったん?』 「違うッ! 書いたけど、気持ち悪いって彼女に捨てられたらどうしようって思って机の引き出しに仕舞って・・・」  そこまで言って、ハッと口を塞いで花嫁を振り返る花婿・・・ 「あの、私の事嫌ってたんじゃ無いんですか?」  心底驚いた顔になった花嫁がソファーの背もたれから首から上だけを出してコチラを凝視していた・・・  ×××  『いやさ~、だからね、そんなに落ち込まなくてもいいじゃん』  ズーンと背中に縦線を背負ったままで壁に向かって正座する花婿と、ソレを困り顔でソファーから見ている花嫁。  そして仁王立ちで肩に金色のハリセンをぽんぽんと当てる謎の黒子。 「侯爵夫人が、『アレは照れてるだけなのよ』っておっしゃっていたのは・・・本当の事だったんですねえ」 『まぁ、そうね~。口下手な上に表情筋が死滅しちゃってるから分かりにくいけどねぇ耳が赤くなってたりするから、身内にはわかりやすいんだけど。ソレ知らない人にはわかんないよね』 「ええまぁ、全然気が付きませんでした」 「・・・・・・」  さらに落ち込んだのか、縦線が増えた。 『まーさー、そもそも女っ気無くて、しかもジジイにちっこい頃から鍛えられてて社交とか二の次だったんすよ、でさこの阿呆が聖女に婚姻を申し込んだのも、王子様が奇行に走るのを防ごうとしたっていうのが理由だから、実の所恋愛感情なんか無かったわけよ。ソレが初めて会ったお嬢さんに衝撃の一目惚れでさー、ばっかみたくおっそいガチ恋拗らせてさー。ウジウジウジウジしてんの。マジ受けるわ。まぁ愛しの嫁さんに勘違いされて本気で嫌われる前に気がつけてよかったんじゃね~の?』 「何で知ってる・・・?」  思わず黒子をガン見しちゃう美丈夫。 『それとさ~あ、お嬢さんも一目惚れだったでしょ? この朴念仁の脳筋男に』 「えェ゙ッ! 何で知ってるんですかッ?!」  ボボンと赤くなった顔を両手で押さえる花嫁と、その言葉でグルンッと振り返る真顔の花婿・・・ ホラーかな? 『お、復帰したね。そうね、ん~と、前に1度見た事あるからかなぁ~ まぁ、企業秘密ってことで、ヨロ。じゃ、帰るね。後は仲良く話し合いで解決してちょ? はい、お疲れ~』  そう言って、黒子の姿は黒い煙に包まれ一瞬でかき消えた。 「闇魔法か?!」 「え、だとしたら王宮魔法使い様でしょうか?」  残された2人は呆然とした表情で、黒子が立っていた辺りに視線を向けたままになった。 ×××  「あら、貴方何処にいたの?」  侯爵夫人が、あくびをしながら後ろからやって来た夫を振り返った。 「ん~ちょっと、女性が云うとこのお花摘みってやつ」 「お客様が探してましたわよ? 急にいなくなるから」 「だって急を要したんだから仕方ない。で、誰? 僕に用事って人」 「あぁ、宰相様よ」 「あ~、あの人ってば人使い荒いからねえ。明日の予定かねえ」  肩をすくめながら侯爵が夫人に手を差し出した。 「怖いから一緒に行ってくれる?」 「まぁ。貴方ったら」  クスクス笑いながら彼の手に自分の手を重ねる侯爵夫人は彼の胸ポケットからはみ出た黒い手袋に視線を一度だけ向けると、 「お疲れ様」  と、微笑んだ。 「いえいえ。愛する家族の為ですから」  そう言って、彼は妻に向ってウィンクした。 「しっかし、あの朴念仁具合は誰に似たのかねぇ・・・」 「乙女ゲームの設定って、訳わかんないものね」 「そうだねえ~」  お茶目な宰相補佐は妻と連れ立って、こわ~い宰相に向かって手を振った。 了 ~~~~~~~~~~ 2024.9.3 by.hazuki.mikado  転生者ご夫妻(⁠「⁠`⁠・⁠ω⁠・⁠)⁠「
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