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本来ならありえなかった
人生は残酷だ。
でもかつての友達と会えるのは悪くない。
無職の俺とニートの友達はもう長い付き合いだ。
何度仕事をしても上手くいかないし、他に才能があるわけでもないからずっと音楽をやっている。
フィクションみたいに太っているかと言われれば自慢するつもりはないけど二人ともイケメンと言われている。
そのわりには家族ができることはなく、世間体も気にしなくなったので組むつもりがなかったバンドを結成してこの世のあらゆる疑問にメスを入れるつもりだった。
もちろんバンドで音楽をやる時と友達として音楽をやる時は分けている。
売れなくてもバンド仲間ができるだけで色々と話し合うことができてインターネットや近所、旅行先でゴミを見るような目から逃げられる。
結構な数のバンド仲間が家族もいれば、正社員だったりフリーランスの社長だったり同じニートもいればなんなのか分からない者、外国の人もやってきた。
いい歳過ぎてもこうやって馬鹿やれるメンバーと違う生活で対等な関係があるのならもう働ける時だけ働いてあとは音楽やろうかなと二人になる時に考えていると同窓会のさそいがあった。
「同窓会?」
「もうバンド仲間達としゃべれればいいのにあいつら今更になって俺達をマウントとるためにいれやがったのか?」
「それは考えすぎ。 だったら呼ばねえだろ?」
親戚に会うわけじゃないし別にいいか。
想像で決めつけてもしかたないし。
他の人ならためらうさそいもなんなく受けて音楽活動のネタにするつもりだった。
◆
同窓会で会うメンバーは久しぶりすぎて顔が分からない。
いまでははたちのつどいと言われる成人式も二人は行ってなかったので余計だれがだれだか分からなかった。
「おーい。 もう二十年くらいか? こうやって話すのは」
さわやかな声によく見なくても分かる戦える筋肉!
え?嘘だろ?
「凪市?」
「たしかに体育ずば抜けてたけど。自衛官なのか?」
歌が上手くて体育系の凪市。友達だったが結構わけありの家でだんだん付き合う友達が変わっていたはずだが。
「俺もう格闘家なんだよ。 ああ結婚してるかどうかは聞くなよ!」
いやいや。
俺たち無職とニートですから。
「凪市くん歌手にはならないの分かってたけど格闘家なの?」
「技かけるなよ!」
本当にど陰キャなので受け身の自分たちを凪市くんは昔のように付き合ってくれた。
「お前ら肩書きなんて気にしてたら生きていけないぜ。 だからって今二人がなにやってるかは聞かないけどさ」
「ば、バンドやってます」
音楽の話になると凪市くんは余計にテンションが上がっていた。
マウントをとるどころか丁寧に歌い方を総合格闘技の名称を使って例えてきたので余計に分からなかった。
そしてじゃあな!と他の人達に会いに行く時の背中は戦う男の姿だった。
みんな自分たちもふくめて思ったよりも昔のままだった。
そういえばマウントとるようなやつと一緒に過ごしたことはなかったっけ。
結婚のエピソードや学生時代を終えたあとの話で盛り上がる中で二人はかたまったまま特に誰かと話すことはなかった。
「やっぱりみんな独身ってことはないんだな」
「呼ばれないやつが独身だったりするんじゃないか?」
「俺たちは呼ばれてるんだよ」
こんな物価高な時代でも美味しくて豪華な料理ばかりつまんでいるいい歳過ぎた二人の存在を同窓会が許してくれるなんて思わなかった。
「あれ?お前ら来てたのか」
誰だ?
二人は顔を見合せ失礼がないように顔を思い出そうとする。
「おまえらよく学校サボって楽しそうにしてたからうらやましかったよお。 今度は俺も混ぜてくれ」
この図々しさと『あっ、色々となじめてない!』感がある人は…。
「「手中?」」
「なんだよ。 二人もいて二人とも忘れてるのかよ。 さみしいぞ」
良かった。
こっちも昔のままだ。
ただ彼は人の悪口が多かったからマウントは覚悟していた。
しかし話を聞いてみるとよほど話しづらい経験をしてきたのかまるで二人に話すために用意したシナリオを語り始めた。
中学卒業式後に入った高校は家庭の事情で偏差値が低く学費が高い場所で卒業まで満足な学園生活がエンジョイできなかったこと。
大学には通えなかったので専門学校へ行き、特に役に立たない資格を高い金をはらって取得しても就いた仕事はうまくいかず転職をくりかえしていた。
やりたいことも見つからず、付き合った彼女とも同棲生活が十何年。
おたがい結婚の手続きが面倒なのとたがいの両親がうるさくて周りには二人とも付き合いも経験もない人間を演じているらしい。
子供のことを考えると障がいや何らかの環境の負荷をかけることがあったらどうしようと悩んでいても役所へ行っても意味がなく誰にも相談できず二人で働いて近いうちに日本を出るとか。
「お前らはなんかないの? いや、俺が話しすぎちゃったかな。 悪い。 いい歳して」
いい歳しては余計だよ。
でもそれは嫌味でもなんでもなく彼の口癖なんだと二人は彼のことを思い出した。
「じゃあ俺たちも話すか。 二人とも無職でニート。 バンド活動してバンド仲間と悩みながら曲作ってる」
手中は音楽と聞くと目を子供のように輝かせていた。
「俺たち長い同棲生活に周りに隠した関係で社会生活を送っているからブリトニースピアーズの曲を弾いて過ごしてて。 でも音楽の練習していてもこんなことって思ってよお」
二人は手中の肩に手を置く。
「いいんじゃない?そうやって満足出来ているのなら」
手中もある意味バンドを組んでいたのかもしれない。
二人はさすがに彼の力になれなかったけど彼はさっきまで絶望していた顔が笑顔になって二人と肩を組んだ。
「俺がおごるから飲もうぜ! あとこれだけは俺たちの秘密な。 バンド仲間にいれてくれよ」
そういって同窓会から勝手に抜け出した俺たちは手中くんと酒をのみながら残りの話も聞いたけどもう忘れた。
思っていたよりも昔と変わらないって悪いことばかりじゃなかったことと、二人の男の背中と掘り下げがあってうまく口に出来ないけど人間関係って本当はもっと笑えるのかなと考えることが出来た。
とはいえそれはあの時だけだと思う。
二人は新しく増えたメンバーをバンド仲間に紹介して苦労をかたり、楽器を鳴らす。
ずっとこうやって生きていくのは無理でも二人は楽器を演奏しつつバイトを探そうと決意した。
もう少しこった曲を作りたくなったし、全世界の声にならない悩みをどうにか歌詞とメロディにのせたかったから。
たがいに違うバンドだけど競わなくていい関係が続くようにしていきたいからこそ。
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