【第10話】羽化

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【第10話】羽化

その瞬間、周りの景色が教室になった気がする。 ぐるりと私を囲ってニヤニヤ小突き回してくる高菱たち。 まるで見えない壁があるかのように距離をとって気の毒そうな目線を向けてくる他のクラスメイト。 「おいっ、なんでお前まだ学校に来てんだよ?」 机を叩いて高菱が舐るように顔を近づけてきて、私の髪の毛を掴む。 (痛い!やめて!) 本能的な反応の言葉は、腹の奥にどっしり構えたまま出ていこうとはしなかった。 掴まれた頭を左右に揺さぶられ、世界がシェイクされる。 「その面見せんなって昨日言ったよなぁ?」 (そんなの私には関係ない!だったら、あなたがどっか行け!) ギュッと目を瞑り、身体を震わせながら暴力が過ぎ去るのを待つ。 あと何分で次の授業だろう? 目を閉じるほど周囲の嘲笑が大きく聞こえ、心臓は早鐘を打ち続ける。 「そんなんだから日向だって酷い怪我したんでしょ?」 (ちょっと待って……) なぜ高菱が紹介もしていない他校生のアカリのことを知っているのか? その瞬間、気を失う前に彼女の姿が、掛けてくれた言葉が呼び起される。 「突っかかってくる奴なんて気を遣う必要無いって」 そうだった。 今の私を見たらアカリはなんていうだろう? そう思ったとき、身体はピタリと震えるのを止めていた。 お腹の底に熱い何かが沸き立ち、全身に力が行き渡る。 頭の手を振り払って、椅子がはじけ飛ぶのも気にせず立ち上がった。 「いい加減にして」 始めて強引に手を払われて呆気にとられる高菱を睨みつけて言葉を紡ぐ。 「身の程ってなに?じゃあ、あなたは何様なの?」 「臭いだなんだ?その香水の方がよっぽど臭いわよ!」 「不細工が移る?そっちのみっともないイジメよりよっぽどマシよ!」 これまで飲み込んできた言葉たちが間髪を入れずに、悦びながら口から飛び掛かっていく。 「急にイキってんじゃないよこのブス!」 振り上げられた手が私の頬を打って乾いた音を上げる、 遅れてジンジンと痛み出したが、今の私は程度の痛みには屈しない。 「二度と私に関わってくるな!」 大きく手を振り上げ、万感の思いを込めて振りぬいた。 掌が彼女の頬を打ちぬいた瞬間、ビシリと世界にひびが入りガラスのように砕け散る。 キラキラとまるで光る雪のような欠片が舞う中、私が立っていたのは何もない真っ白な世界だった。
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