注連(しめ)を解く

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「僕は、あなたが好きでしたよ」  やわらかに微笑む表情で、彼が打ち明ける。 「前の場所で暮らしてたときに、別れて会えなくなった父みたいで」  彼とは、それきりになった。  数日の無断欠勤が続き、教わっていた連絡先に電話した。だが携帯電話の番号は、すでに使われていなかった。  固定電話にかけてみたところ、年長らしき女性の声が受話器越しに聞こえた。 「あの、響生くんはご在宅でしょうか」 「ひびき──?」  急激に声の調子が硬化した。強い口調で問われる。 「この番号はどこで知ったんですか」 「え? 本人からですが」 「あなた、誰です? これは、なにかの冗談ですか」 「……え? いえ」  そんなまさか、と応じる間に、大声でさえぎられる。 「悪ふざけはやめて!」  ありえない、と厳しく断じられて、言葉を失う。 「いますから!」  女性の激昂が、鼓膜を震わせる。  受話器が叩きつけられたのか、ブツッと回線が切れる音が続いた。断続する電子音を聞いているのもわからないほどに、混乱していた。  娘。──息子ではなく。
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