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「僕は、あなたが好きでしたよ」
やわらかに微笑む表情で、彼が打ち明ける。
「前の場所で暮らしてたときに、別れて会えなくなった父みたいで」
彼とは、それきりになった。
数日の無断欠勤が続き、教わっていた連絡先に電話した。だが携帯電話の番号は、すでに使われていなかった。
固定電話にかけてみたところ、年長らしき女性の声が受話器越しに聞こえた。
「あの、響生くんはご在宅でしょうか」
「ひびき──?」
急激に声の調子が硬化した。強い口調で問われる。
「この番号はどこで知ったんですか」
「え? 本人からですが」
「あなた、誰です? これは、なにかの冗談ですか」
「……え? いえ」
そんなまさか、と応じる間に、大声でさえぎられる。
「悪ふざけはやめて!」
ありえない、と厳しく断じられて、言葉を失う。
「娘は八年前に亡くなっていますから!」
女性の激昂が、鼓膜を震わせる。
受話器が叩きつけられたのか、ブツッと回線が切れる音が続いた。断続する電子音を聞いているのもわからないほどに、混乱していた。
娘。──息子ではなく。
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