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「母が心の底から謝ってくれたあともずっと、あれは母から生まれ続けました。でも、母は気づいていないんです。他者には見えない蛆が内側から湧いたみたいでした。母の気持ちが死んだから、腐って崩れてこぼれだした。こぼれたぶん、母のなかみが減ってしまうようだった」
こちらへ向けられた目線を落とす。
「祖母は悪いものを見続けて、考え続けてつきつめてしまうと、ろくなことにならないよ、と言っていました。でも──」
居酒屋の床を見ている。板の間から暗がりへと視線を走らせるので、つられて同じ方向へと目を向けた。
なにもない。隣席の客の足もとには、ふつうの影が落ちているだけだった。
「誰も気づかないけど、母は酷い有様だった。あれらはうねって這いつくばりながら、部屋の隅でひとつになって大きく育っていくんです。人は……平静を装っていても、表面上は朗らかに笑っていたとしても、心のなかまではわからない」
怖かったです、と苦しげに吐露した。
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