盲目に愛す

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盲目に愛す

 一歩。踏み出せば腐食した果肉の毒のような甘い香りが鼻につく。靴底から伝わる妙に柔らかくドロッとした感触。ぬかるんだ土か、もはや判別のできない果実のせい?  僕は一つだけ溜息を吐くと、眼前に広がる正規から外れた山道に心が揺れる。辺りは既に暗く、微かな葉擦れの音だけが耳を過ぎる。もはや枯れ落ちているせいで、そこまで煩わしいとは思わない。むしろ秋風が奏でるそれは心地良いぐらいだ。 「(つかさ)……もうへばった? 昔から体力ないよね」  耳元で囁かれ、反射的に苛立ってしまう。思わず彼女の方を見てしまいそうになるが、体勢を崩すわけにもいかず歩みを進める。 「うるさい。文句言うな、非力な僕が背負ってあげているんだから」 「背負ってあげている……? うわぁ、上から。言うようになった、このこの」  律月(りつき)は首に回している腕の力を強くしてくる。不意に密着した彼女に染みついた香りが鼻をくすぐる。良い匂いとは言い難いが、それは山を歩き続けているからだろう。自然が律月にまとわりついて変えてしまった。でも正直、嫌いではない。むしろ、この嗅いだことのない衝撃は脳味噌を蕩けさせる。  こんな青春が少しでも高校二年生の自分を染めるのならば、それも良いかもしれない。  そんな翳りを振り払い、また歩き始める。  制服越しに感じる彼女の体温は徐々に下がっているように思えた。 「……重い」 「はぁ!? さすがに失礼過ぎない? 確かに司より一つだけ歳は違うよ? でも、あんま変わらないでしょ成長の感じ!?」  思わず口から零れた一言を律月は聞き逃さなかった。彼女の喚き散らすこの感じはいつも通りのことだ。僕が予期せぬ失言をして、彼女が過剰に反応する。僕は決まって謝りもしないし、訂正もしない。
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