アムンゼン 21

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 …なんだと?…  …賽(さい)は投げられただと?…  どういう意味だ?  一体、どういう意味だ?…  私は、悩んだ…  悩んだのだ…  もちろん、意味はわかる…  わかるのだ…  だが、なぜ、今、そういうのか、わからんかったからだ…  だから、  「…オマエ…それは、どういう意味だ?…」  と、聞いてやった…  アムンゼンに聞いてやった…  まさか、その意味は、  …手遅れ?…  もしや、この矢田を始末するために、サウジアラビア本国から、選りすぐりの殺し屋を送ってくるわけでは、あるまいな?…  まさかとは、思うが、そんなことは、あるまいな?…  私は、思った…  思ったのだ…  だから、  「…殺し屋か?…」  と、私は、言ってやった…  「…殺し屋?…」  アムンゼンが、唖然とした表情で、私を見た…  この矢田を見た…  「…そうさ…オマエ…この矢田を殺すために、サウジアラビア本国から、殺し屋を呼んだのか?…」  私が、私の細い目をさらに細くして、アムンゼンに聞いてやった…  その途端、アムンゼンが、  「…プッ!…」  と、吹き出した…  私は、焦った…  予想外の事態だったからだ…  「…な、なんだ? …なにが、おかしい?…」  「…だって、矢田さんを殺すために、わざわざ、サウジアラビア本国から、殺し屋を呼ぶなんて…映画やドラマの見過ぎです…」  「…なんだと?…」  「…それに、矢田さんを殺すなんて、誰でも、できることです…わざわざ、サウジアラビア本国から、ひとを呼ぶ手間をかける必要は、まったくありません…」  アムンゼンが、答える…  私は、頭に来たが、  …その通り…  …その通りだと、思った…  現実に、このアムンゼンの甥のオスマンが、この矢田を殺そうとしても、この矢田は、抵抗できない…  ハッキリ言って、勝てない…  それが、わかっている…  自分でも、よくわかっているからだ…  そして、そんなことを、考えていると、アムンゼンが、突然、  「…食事にしましょう…」  と、言った…  まさか、最後の晩餐というやつか?  私は、思った…  だから、それを、言ってやった…  「…まさか、最後の晩餐というやつか?…」  と、言ってやった…  すると、アムンゼンが、驚いた様子だった…  ビックリした表情で、この矢田を見た…  見たのだ…  「…相変わらず、面白いひとですね…矢田さんは…」  「…なんだと、面白いだと?…」  「…そうです…面白い…実に、面白い…」  「…なんだと?…」  「…でも、それでいいのかもしれない…」  「…なにが、それでいいんだ?…」  「…きっと、殺し屋も矢田さんを見れば、殺すのを、止めるでしょう…」  「…なんだと? …どうしてだ?…」  「…あまりにも、人柄が、良くて、殺すのを躊躇うでしょう…」  「…」  「…矢田さんは、別格です…ボクが、これまで、出会ったなかでも、間違いなく別格です…」  アムンゼンが、断言する…  「…矢田さんのようなひとは、見たことがありません…」  「…なんだと?…」  しかしながら、アムンゼンは、この矢田を無視した…  この矢田の質問を無視した…  無視して、  「…オスマン…」  と、甥のオスマンに呼びかけた…  「…ハイ…オジサン…」  「…オマエは、バニラさんと、マリアさんに、なにか、食事でもしてもらって、それから、二人を自宅まで、送ってくれ…ボクは、これから、矢田さんと、食事に出かける…」  「…矢田さんと?…」  と、オスマン。  「…そうだ…」  アムンゼンが、答える…  「…ですが、オジサン…オジサンが、一人で、どこかに、行くのは、危険です…」  と、オスマン。  「…危険?…」  「…そうです…サウジ本国からも、オジサンを一人にしないよう、命令が出ています…」  「…だったら、この屋敷の誰かに、バニラさんとマリアに、食事をしてもらって、それから、自宅まで、お送りしろ…オスマン…オマエは、ボクの護衛として、これから、同行しろ…」  「…同行って、オジサン…一体、どこへ、行くんですか?…」  「…それは、これから、行けば、わかる…」  アムンゼンが、断言した…  「…さあ、矢田さん、行きましょう…」  と、この矢田に、言い、残ったバニラとマリアに、  「…せっかく来たのですから、なにか、おいしいものでも、食べていって、下さい…この屋敷で働くスタッフには、あらかじめ、言い聞かせて、ありますから…」  と、二人に言って、スタスタと歩き出した…  私は、慌てて、  「…アムンゼン…」  と、アムンゼンの名前を呼びながら、アムンゼンの後を追いかけた…  そして、それは、オスマンも同じだった…  「…オジサン…ちょっと…ちょっと、待って下さい…」  と、言いながら、急いで、私と同じく、アムンゼンの後を追った…  そして、慌てた様子で、  「…オジサン…そもそも、これから、どこへ行くんですか?…」  と、アムンゼンに追いついたオスマンが、聞く…  「…ラーメン屋だ…」  「…ラーメン屋?…」  「…そうだ…」  オスマンが、唖然とする…  それから、気を取り直して、  「…どうして、ラーメン屋なんですか? オジサン?…」  と、聞いた…  当たり前だった…  この矢田も、聞きたい謎だった…  すると、だ…  「…この前、矢田さんが、食べたがっていた、あのラーメン屋だ…」  と、オスマンが、明かした…  私は、ビックリした…  まさか、このタイミングで、あのラーメン屋が、出てくるとは、考えもせんかったからだ…  そして、それは、オスマンも同じだった…  「…オジサン…どうして、あのラーメン屋なんですか?…」  「…矢田さんが、食べたがっていたからだ…」  …エッ?…  声にこそ、出さんかったが、思わず、絶句した…  まさか、そんな理由で…  そして、同時に、  …やはり、最後の晩餐か?…  と、思った…  思ったのだ…  やはり、このアムンゼンは、この矢田を殺すつもりだと、気付いた…  遅まきながら、気付いた…  考えてみれば、これまで、散々、このアムンゼンに無礼を働いた…  それを、このアムンゼンが、許してくれるはずもなかった…  なかったのだ…  だから、  …甘過ぎた!…  と、思った…  これまでの自分の考えが、甘過ぎたと、今さらながら、悔いた…  この矢田トモコの考えが、甘過ぎたのだ…  だから、今さら、  「…すまんかったさ…」  と、詫びても、どうなるものでも、なかった…  なかったのだ…  この矢田が、アラブの至宝を怒らせた…  その罪だった…  その報いだった…  それに、気付くと、私は、途端に元気をなくした…  当たり前だった…  これから、殺されるかも、しれんのに、元気が出るわけがなかった…  だから、最初は、元気よく、アムンゼンの後を追っていたが、いつのまにか、アムンゼンに大きく離された…  そして、それに、気付いたオスマンが、  「…どうしました? …矢田さん?…」  と、聞いてきた…  だから、私は、  「…私は、もうおしまいさ…」  と、答えてやった…  「…おしまい? …どうして、おしまいなんですか?…」  「…アムンゼンを怒らせたからさ…」  「…オジサンを怒らせた?…」  「…そうさ…だから、きっと、アムンゼンは、私が、食べたかったラーメンを私に、ご馳走して、それを最後の晩餐にして、処刑するつもりさ…ちょうど、死刑囚が、死刑の前に、豪華な食事を食べるのと、いっしょさ…」  「…まさか、矢田さん…考え過ぎですよ…」  「…考え過ぎだと? そんなことは、ないさ…」  「…いえ、考え過ぎです…オジサンは、たしかに、非情な一面はありますが、こと矢田さんに限って、そんなことは…」  「…あるのさ…私は、アムンゼンを怒らせ過ぎたのさ…やり過ぎたのさ…」  気が付くと、私は、オスマンと、アムンゼンの豪邸の廊下で、いつのまにか、立ち話をしていた…  二人とも、アムンゼンを追いかけるのを止めて、立ち話をしていた…  それに、気付いたアムンゼンが、私たちを振り返って、  「…なにをしている…二人とも…さっさと、来い!…」  と、怒鳴った…  私とオスマンを怒鳴った…  そこには、いつもの3歳の幼児を演じているアムンゼンは、いなかった…  30歳の大人のアムンゼンが、いた…  アラブの至宝が、いた…                <続く>
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