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「怒ってます?」
休み明けの月曜日。
お互いに、何もありませんでした。という顔で仕事をしていた。けれどまぁ、当然絡みはある訳で。「これ発注して下さい。あと、これは原価出して下さい」とちょっとだけ視線を逸らしながら柚木君が言う。何だその態度はと思ったけれどもお姉さんだから許してあげた。
「はい」
書類を受け取ってすんなりと頷く。そのタイミングで「ちょっと席外すね」と言った隣の同僚に了解。と親指を立てた。
「…東雲さん」
きょろ。と、周りを伺ってから柚木君は小さな声で言った。フロアには沢山人がいるけどその声が聞こえる程近くに人はいない。
「この前はすいませんでした」
次の声が下から聞こえてきて横を向くと、柚木君がしゃがんで机に凭れてこっちを見てる。中腰が疲れるのか何なのか、こうやって話す人は珍しくないけど柚木君がするのは珍しい。この人を上から見たの初めてかもしれないと思っていたら上目遣いで柚木君が言う。
「怒ってます?」
う。これは狡いんじゃない? そんな、様子を伺う子犬みたいな感じで。
それにこんなところでその話しないで。思い出さないようにしていたのに。思い出しちゃ駄目。と思ったけれど思い出してしまって、さわ。と、鳥肌が立った。どうしよう。あたしは怒ってもいないし嫌悪もない。そう気付いて焦った。どうしたら良いんだろう。本当は怒るべきなのかしら。でも怒ってないのに怒れない。
「ううん」
と、視線を少し逸らして首を振るのが精一杯。
「じゃあ、今週末も会ってくれます?」
立ち上がりながら耳元で囁かれて肩が震えた。どうしよう。体が動かない。固まって震えていたら柚木君が明るい声でこう言った。
「じゃ、後でメールするのでお願いしますね」
そして戻ってきた隣の同僚に会釈をして歩いて行ってしまう。あああ。どうしよう。あの人の声と言葉におかしくなる。顔を覆って悶えていたら「え? そんなに難しいの?」と隣の同僚の声が聞こえてきた。
その後、柚木君が言った通り連絡が個人用のスマホに来て、金曜日の仕事後に会うことにした。大丈夫。いつも通りにしよう。するんだ! って意気込んでいたけれど結局二人で会うことはできなかった。金曜日の夕方「新規案件無事に納品完了! 皆で飲みに行くぞー!」と部署号令がかかって、たまたま顔が見えたからどうしようとアイコンタクトを送ったら向こうも気まずそうにうんうん頷く。そうだよね。二人で参加しないのはおかしいよね。という流れで会社の飲み会に参加することにした。こういうこと、あんまり引っ張りたくないけれど仕方ない。嬉しい飲み会だし、これはこれで楽しんでこよう。
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