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「俺と付き合って貰えませんか?」
「東雲さん。発注明細間違ってますよ。何でナット一個が千円もするんですか。これ、五十個一セットですよ」
「…あ」
やっちまった。と、顔を上げた。ここは装置メーカーの開発部。彼は開発設計をしていて、自分はその部署で調達担当…兼雑務も押し付けられている。まぁ、簡単に言うと機械作ってる人とサポートしている人だ。で、あたしの提出した書類に不備があったと。社内確認用だからあまり被害はないけど…お小言の予感。うへえ。
「何で気付かないんですか」
ほれ。ここやで。と書類を机に置いて柚木君は言う。本当だー。確かに冷静に見るとあり得ないけどー。
「…この金額のナットもあるかなって」
「無いでしょ」
「純金製とか」
「そしたら千円じゃ買えないでしょ」
「職人のこだわりの逸品とか」
「こだわりの逸品は要りません。こっちは経費削減経費削減どんだけ言われてると思ってるんですか」
「その中にも豪華なワンポイントを」
「東雲さん」
「すいませんっした」
「もー」
と、呟いてから持っていた判子を押して柚木君が言う。
「先に判子押しますけど、直して提出して下さいね」
「はい。どうも」
柚木君。一つ年下の二十七歳。あたしにも色んな事を教えてくれるし、ミスらないし、人受けも良いし、何より仕事ができる絵に描いたようなイケメン。営業さんに引っ張られて客先にも行かされているし(本当は設計が客前に出るなんてあり得ないんだけど、営業さんが答えられないところをフォローしたりしてるらしい。あとは人当たりがめっちゃ良いので営業成績も上がるとか。本当か?)部内でも上から下から頼りにされている。たまに「こんなにできません」って笑顔で拒否るらしいけれど、あいつが言うなら仕方が無いって皆引き下がるんだと。こっちには遠慮なく仕事ふってくるくせに何なんだ。
それに最近、あたしにはさっきみたいな軽口を言ってくる。前はそんな事なかったんだけど、皆の扱いがぞんざいなのを見てあの子もそれに倣ったんだろう。皆のせいだ。後輩なのに下克上しやがって。
でもまぁ、嫌な気分になる事は言われないし正直楽しい。それに違和感もない。元々彼が持っている一面なんだろう。沢山大変な思いしてるだろうし、どっかでガス抜きしないとね。そんなことを思いながら明細表を修正した。
ところが話はそれに治まらなかった。
「東雲さん。俺と付き合って貰えませんか?」
「え?」
明細事件から約一ヶ月後の事。二人でご飯に行った帰り道。柚木君は唐突にそんな事を言いました。
「どこに?」
しこたま食べた筈だけど小腹でも空いたのかな? コーヒー位なら付き合えるよ。と思いながら言ったら相手は目を丸くした。
「東雲さん」
「はい」
「酔ってます?」
「飲んでないよ」
飲み屋だったけど飲んでないよ。君こそ酔ってるんじゃない? そんな風には見えないけど。
「じゃあ質問しますけど、俺ら最近よくご飯食べに行ったりしてますよね」
「うん」
確かに最近、柚木君からちょこちょこ声をかけて貰って会社の帰りにご飯行ってる。で? それがどうされました?
「何の理由もなくそういう事します?」
「メシ友かなって」
「男女でそういうのあります?」
「ラーメンとかホルモンとか牛丼とか、男の子同士が行くような店も多かったし」
「東雲さんが行きたいって言ったんじゃないですか」
そうか。そうでした。どこが良いか聞かれて女子とじゃ行き辛い店をチョイスした。何でも付き合ってくれるし、お勧めも教えてくれるし、めっちゃ楽しかった。それってメシ友。…じゃない? 男女だと無い?
「うーん…で? それがどうしたんだっけ?」
「だから俺と付き合って下さい」
「どこに?」
「まさかの無限ループ…」
柚木君は呟いて、それなのに意外にも食いついてきた。
「うーん。じゃあ言い方を変えますわ。俺を東雲さんの彼氏にして下さい」
「えっ」
この後うだうだしたけれども「嫌じゃないんならお試しで」「飯食いに行くくらいなら今までと一緒だから良いでしょ」と言われて、そう? そうか? そうなのか? と、葛藤しながら頷いた。何が起こってるんだろう。良いのかなー。
まぁ、何とかなるか。なんて深く考えなかった自分は甘かった。そもそもこんなモテ男が自分なんかにこんな事を言った時点で何か変だなって気付くべきだったのに。
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