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「ラブホテル行こ」3
「…は?」
そう言ったら柚木君は固まった。そして「え?」と呟いてまじまじと顔を見てくる。もうやだー。言っても言わなくても情けない思いするのあたしだけじゃんー!!
「…経験が無い?」
「うん」
「本当に?」
「はい」
こんな事、嘘ついてどうすんだ。そう思いながら頷いた。だから許してくれ。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない。か…彼氏がいたことも、も…無い」
そう言ったら柚木君の顔が変わった。信じられない。って書いてある。さっきまでの責めるような感じは消えた。ほっとしたのと同時に引かれたかな。と思う。別に良いけど。
「…じゃあ、ベッド行きましょ」
「…はえ?」
え? このまま就寝? カラオケする気もなくなったから寝て全てを忘れる系? そう思いながら手を引っ張られてベッドに寝かされたらそのまま覆い被さってきた柚木君にキスをされた。おーい!? ちょっとー!!??
「んん…っな? な、何でっ」
「良いから大人しくしてて」
「や、やだっ。やっぱりするの? やだっ」
「優しくするから」
「嘘じゃないってばっ」
確認したいのか価値を見出してるのか知らないけれど…なんか、逆に敬遠する人もいるみたいだけど何が何だかよく分からん…とにかくこんなのやだーー。
「本当に初めてなの! 信じて!」
「そんなのどうでも良い!」
じたばた暴れたら柚木君は言い負かすように強い声で言う。びっくりして顔を上げたら困った様にこんな事を言った。
「いや、どうでも良くはないけど…それは今は関係ない」
じゃあ何よ。と、目を丸くしたあたしの顔を覗き込んで柚木君はこんな事を言った。
「今日、このまま終わりにしたら俺達この先無いでしょ」
そんな事、考えてなかったし今考えても分からない。…確かに気まずくはなるかもしれないけど。
「だから駄目」
だから? 何で?
「後悔させないから。絶対良くするから」
別れたくない。はっきりそう伝わってきて言葉を失った。
「あ…っ」
首にキスされた後に舌を這う感触に体が震えた。敏感過ぎるその反応に、少し強引さが増した気がした。そんな事を繰り返して、優しくしてくれるって言った癖にと思うほど滅茶苦茶にされた。
でも想像もしなかったくらい甘やかしてくれて、初めての怖さも痛さもやがて忘れてしまうほど可愛がってくれて、気が付けば必死にしがみ付いていた。
やってしまった。二十八年間守り続けた貞操を失って、思ったことはそれだけだった。別に悲しいとかはない。相手は一応彼氏だし、多分言った通り凄く優しく…いや、上手にしてくれたんだと思う。何ていうか、一言で言うなら良かった。っていう感想。
でもさぁー!! あの流れは無くない? 柚木君も柚木君だし、あたしもあたしだわ。じゃあどんなのが良かったかって言われても何の希望も無いんだけど。でもさー。と、悶々としていたけれどもやがて、まぁ…あたしにはこんな感じがお似合いなのかもしれない。ふ。と、アンニュイにため息をついた。
「…東雲さん?」
寝ぼけた様な、少し掠れた声が聞こえてきて抱き締められた腕の力が強くなる。はい。起きてますよの代わりに顔を上げたら寝起きの柚木君と目が合った。やばい。会社の人とこういう事をして、しかもあんな流れだったし気まずさは最高潮。
当然柚木君もそうだったらしい。「おはようございます」とぼそぼそ挨拶はしたものの、それぞれそそくさと着替えて解散した。
でも本当の事を言うと、柚木君は寝ぼけていて覚えていないだろうけれど、あの時あたしを抱き締めて髪を撫でてくれたから、こんな朝にも寂しくならずに済んだんだ。
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