「誰が女将だ」

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「誰が女将だ」

「東雲、お前最高。俺が二十歳若かったらプロポーズしてる」 「騙されないっ。その頃にはもう奥さんと結婚してたでしょー」  あはははは。部署の管理職である上司と、客と飲み屋のお姉ちゃんみたいなやり取りをして皆で笑った。上司と言っても飲み屋に来ればただのおいちゃんである。分かってる分かってる。おいちゃん達にはきゃぴきゃぴしてない女子の方が楽だよねー。実は親父キラーなあたし。変な意味じゃなく、飲め食べろこれも美味いぞ可愛い可愛い。って可愛がってくれるおいちゃん達の事はあたしも好き。誰にもやっかまれないし、相手にもその気が無いから気楽だし、生産性はないかもしれないけれどそういう付き合いも良いと思う。 「俺がこの会社にいる内に孫の顔見せてくれよー」  おいちゃん、とうとう人間関係図に何かしらの歪みが生じた模様。まぁ、それも嫌じゃない。おいちゃんだって嫌な相手にはそんな事言わないだろうしね。 「お客さん、飲み過ぎじゃない?」 「女将ー。ビールお代わり」 「誰が女将だ」  って言いながらタッチパネルで追加発注した。で、引き続きどうでも良いことを話していたけど一向に来ない。呼び出ししても来ない。個室だからそこら辺の店員さんを呼ぶこともできないんだよね。仕方ない。 「ちょっと店員さんに聞いてくるー」 「いいよ。急がなくて」 「いやいや。これも女将の勤め」  と、酔っ払い達を置いて廊下に出た。めっちゃ混んでる。忙しそう…だけど何とか捕まえて一言お願いした。大丈夫かな。  そう思いながら戻ったら、部屋の前の廊下で同僚が手招いている。どうしたのかな。酔っちゃった? 「どうしたんですか?」 「東雲さ。この後二人で抜けれない? 俺、今回凄い頑張ったから疲れちゃった。ちょっと癒してよー」 「え?」 「コーヒー一杯飲むだけで良いから。遅くならない内に帰すからさ」  お開きになったら次はカラオケがうちの飲み会の定番だ。行かない人もいるけれど、自分はほぼ参加している。歌うの好きだしデザートとかも食べさせて貰えるし腹ごなしになるし楽しい。それもあってこの後の時間が空いてると思われたんだろうな。その通りだけど。  うーん…。  今までならそれくらい応じても構わなかった。会社の人で信用できるし、相手から明確な好意も感じない。何か言われればちゃんと答えられるし、危ないようなことにならないように自衛できる自信もあったから。多分、ちょっとだけ物足りなくて静かに一服して帰る相手を探しているだけなんだろう。悪いことでもないし神経質になり過ぎるのもなとは思う。  でも今はやっぱり断らなきゃ。どうしよう。その気も無い誘いを彼氏を引き合いに出して断るのもやり過ぎか…。 「あ…あー。すいませんっ。今日この後、女子会に合流するんですよ! 最初から予定入ってたんですけど、急にお祝い入ったからこっちにちょっと参加してから行くねーって言ってて」 「あー。そうなんだ。分かった。じゃあまた」  あっさりそう言って「戻ろう」って言うから一緒に戻った。一緒に戻ったって誰も何も思わないような人間関係だから気にし過ぎかな。と思ったけどやっぱりそんな事できないや。 「ビールまだかよ女将ー」 「急がないって言ってたでしょ。お客さん」  開口一番冗談を言い合って笑っていたらそのタイミングで店員さんがビールを持って入ってくる。良いタイミングだ。ご苦労。  そう言えば柚木君。と、全く絡みのなかった彼氏のことを思い出した。すっかり忘れて女将業に没頭できるなんて我ながらさすがだぜ。と、自画自賛しながら探したら端っこの席で難しい顔をしている。どうしたんだろう。って思ったけれど呼ばれておいちゃんの相手に戻った。
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