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  「あのっ……殿下! これよかったら食べてください……! 頑張って作ったんです……!」  ある日の午前の講義終わり、教室でオリアーナのところに行列ができていた。 「ありがとう。これは……クッキーだね。熊に猫……こっちはうさぎかな? 可愛くて食べるのが惜しいな」 「そ、そんな……っ。もったいないお言葉です……っ」 「あとでいただくね」 「はいぃ……」  恒例――殿下への貢ぎ物の時間だ。  オリアーナは、愛想よく微笑みながら手作りクッキーが収められた箱の蓋を閉じた。  相手の女子生徒の方は、うっとりとした表情で頬を朱に染めた。  最後の女子生徒を見送り、オリアーナは息を吐いた。 (みんなの気持ちはありがたいけど……持ち帰るのが大変なんだよね)  机を埋め尽くす贈り物の数々。食べ物に関しては、屋敷の使用人たちに分けたりしている。そんなオリアーナの隣で、ジュリエットが両頬に手を添え、恍惚とした表情で呟いた。 「相変わらずの人気ぶりですわね、オリアーナ様。わたくしも、皆様に負けないように精進いたしますわぁ……!」 「ジュリエット。君は少しは――自重しよっか」  ジュリエットをいぶかしげに見つめる。  机の上にでかでかと佇むオリアーナの彫像。滑らかな曲線を描いていて、細部まで精巧な作りをしており、高さが2メートル近くある巨大な作品。  しかも――チョコレートでできている。 「あら、お気に召しませんでした? こちら、うちの専属パティシエたちに一週間かけて作らせましたの。もちろん、レイモンド様がモデルですのよ?」 「パティシエに何させているんだよ。気に入るも何も……これ、どうしたらいいの?」 「普通に食べていただいて結構ですわ。ほら、あの小指のあたりとかどうです?」  そう言って躊躇なく彫像の小指を折る。欠けた小指を口に入れてこようとする彼女に、若干のサイコパスっぽさを感じる。  チョコレートとは言っても、自分の形をしたものを食べるのは、いささか躊躇われる。本当にどうしたものか。  チョコレートの彫刻の始末について頭を悩ませていると、教室の扉が乱暴に押し開かれた。  ――バンッ。 「おいっ! このクラスで『殿下』って呼ばれてる奴はどいつだ!」  いかにも不機嫌そうに立っているのは、さらさらした深みのある銀髪に、ぱっちりとした紫の瞳をした青年――リヒャルド・ギーアスター。オリアーナも知っている相手だ。そして、できることなら相手にしたくない人物。面倒事の予感しかしない。 「殿下ならそこにいるよー」  シラを切るつもりが、親切な生徒があっさりと教えてこちらに指を指した。 「ああっ! やっぱりお前か! レイモンド! 生意気なヤツめ」  リヒャルドはつかつかとこちらに歩いてきて、机をバンッと音を立てて叩いた。 「お前ばっかりチヤホヤされてずるいぞ。なんでお前が俺を差し置いて殿下なんて呼ばれてるんだ。本物の王子は――俺なのに……!」  そう。彼はヴィルベル王国の第三王子。血筋から正真正銘の王子である。王家とアーネル公爵家はその成り立ちから縁が深く、リヒャルドとも面識はあった。リヒャルドは昔からレイモンドと親しく、やたらと張り合おうとしていた。オリアーナはというと、面識があるだけでほとんど親交はない。  今のところ、セナの認識制御の魔法の効果で、目の前にいるレイモンドの正体には気付いていないようだ。 「別にチヤホヤなんて……」 「とぼけるな! このプレゼントの山はどう言い訳するつもりなんだ?」 「ありがたいことだよね」 「そういう澄ました感じがますます気に入らないな」  リヒャルドはふんと鼻を鳴らした。もはや何を言っても不興を買ってしまう気がする。  すると、彼の視線がジュリエットが持ってきた巨大な彫像に留まる。 「なんだこのでかい彫像は」 「特製、レイモンド様像ですわ。壮麗で素晴らしいでしょう?」 「とくせいれいもんどさまぞう……」  ドン引きしたリヒャルドはジュリエットに半眼を向けた。 「浮気か? あんだけオリアーナ嬢に執心してたのに」 「ふふ、浮気だなんてとんでもないですわ」  そう。浮気なんてとんでもない。認識操作の魔法さえ看破してしまうほど、オリアーナへの愛は本物だ。  ジュリエットが意味ありげに笑うと、リヒャルドは不思議そうに首を傾げた。目の前にいるのがオリアーナだとは知りもせずに。  リヒャルドは、こちらにびしと指を立てた。 「こうなったら、どっちが王子にふさわしいかどうか勝負だ!」 「ふさわしいも何も、君は正真正銘の王子ではありませんか。張り合う必要なんてないでしょう?」 「うるさいぞ。これは依頼じゃなく命令だ。分かったな」  それだけ言い残し、彼は踵を返した。  嵐のように過ぎ去って行ったリヒャルドの背中を見送りながら、ジュリエットがふふと笑った。 「青春ですわぁ。わたくし、お弁当を持って応援に行きますね!」 「もしかして面白がってる? 子どもの運動会じゃないんだから。茶化さないでよ」  オリアーナは、面倒事の予感がして肩を竦めた。
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