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08
「あのっ……殿下! これよかったら食べてください……! 頑張って作ったんです……!」
ある日の午前の講義終わり、教室でオリアーナのところに行列ができていた。
「ありがとう。これは……クッキーだね。熊に猫……こっちはうさぎかな? 可愛くて食べるのが惜しいな」
「そ、そんな……っ。もったいないお言葉です……っ」
「あとでいただくね」
「はいぃ……」
恒例――殿下への貢ぎ物の時間だ。
オリアーナは、愛想よく微笑みながら手作りクッキーが収められた箱の蓋を閉じた。
相手の女子生徒の方は、うっとりとした表情で頬を朱に染めた。
最後の女子生徒を見送り、オリアーナは息を吐いた。
(みんなの気持ちはありがたいけど……持ち帰るのが大変なんだよね)
机を埋め尽くす贈り物の数々。食べ物に関しては、屋敷の使用人たちに分けたりしている。そんなオリアーナの隣で、ジュリエットが両頬に手を添え、恍惚とした表情で呟いた。
「相変わらずの人気ぶりですわね、オリアーナ様。わたくしも、皆様に負けないように精進いたしますわぁ……!」
「ジュリエット。君は少しは――自重しよっか」
ジュリエットをいぶかしげに見つめる。
机の上にでかでかと佇むオリアーナの彫像。滑らかな曲線を描いていて、細部まで精巧な作りをしており、高さが2メートル近くある巨大な作品。
しかも――チョコレートでできている。
「あら、お気に召しませんでした? こちら、うちの専属パティシエたちに一週間かけて作らせましたの。もちろん、レイモンド様がモデルですのよ?」
「パティシエに何させているんだよ。気に入るも何も……これ、どうしたらいいの?」
「普通に食べていただいて結構ですわ。ほら、あの小指のあたりとかどうです?」
そう言って躊躇なく彫像の小指を折る。欠けた小指を口に入れてこようとする彼女に、若干のサイコパスっぽさを感じる。
チョコレートとは言っても、自分の形をしたものを食べるのは、いささか躊躇われる。本当にどうしたものか。
チョコレートの彫刻の始末について頭を悩ませていると、教室の扉が乱暴に押し開かれた。
――バンッ。
「おいっ! このクラスで『殿下』って呼ばれてる奴はどいつだ!」
いかにも不機嫌そうに立っているのは、さらさらした深みのある銀髪に、ぱっちりとした紫の瞳をした青年――リヒャルド・ギーアスター。オリアーナも知っている相手だ。そして、できることなら相手にしたくない人物。面倒事の予感しかしない。
「殿下ならそこにいるよー」
シラを切るつもりが、親切な生徒があっさりと教えてこちらに指を指した。
「ああっ! やっぱりお前か! レイモンド! 生意気なヤツめ」
リヒャルドはつかつかとこちらに歩いてきて、机をバンッと音を立てて叩いた。
「お前ばっかりチヤホヤされてずるいぞ。なんでお前が俺を差し置いて殿下なんて呼ばれてるんだ。本物の王子は――俺なのに……!」
そう。彼はヴィルベル王国の第三王子。血筋から正真正銘の王子である。王家とアーネル公爵家はその成り立ちから縁が深く、リヒャルドとも面識はあった。リヒャルドは昔からレイモンドと親しく、やたらと張り合おうとしていた。オリアーナはというと、面識があるだけでほとんど親交はない。
今のところ、セナの認識制御の魔法の効果で、目の前にいるレイモンドの正体には気付いていないようだ。
「別にチヤホヤなんて……」
「とぼけるな! このプレゼントの山はどう言い訳するつもりなんだ?」
「ありがたいことだよね」
「そういう澄ました感じがますます気に入らないな」
リヒャルドはふんと鼻を鳴らした。もはや何を言っても不興を買ってしまう気がする。
すると、彼の視線がジュリエットが持ってきた巨大な彫像に留まる。
「なんだこのでかい彫像は」
「特製、レイモンド様像ですわ。壮麗で素晴らしいでしょう?」
「とくせいれいもんどさまぞう……」
ドン引きしたリヒャルドはジュリエットに半眼を向けた。
「浮気か? あんだけオリアーナ嬢に執心してたのに」
「ふふ、浮気だなんてとんでもないですわ」
そう。浮気なんてとんでもない。認識操作の魔法さえ看破してしまうほど、オリアーナへの愛は本物だ。
ジュリエットが意味ありげに笑うと、リヒャルドは不思議そうに首を傾げた。目の前にいるのがオリアーナだとは知りもせずに。
リヒャルドは、こちらにびしと指を立てた。
「こうなったら、どっちが王子にふさわしいかどうか勝負だ!」
「ふさわしいも何も、君は正真正銘の王子ではありませんか。張り合う必要なんてないでしょう?」
「うるさいぞ。これは依頼じゃなく命令だ。分かったな」
それだけ言い残し、彼は踵を返した。
嵐のように過ぎ去って行ったリヒャルドの背中を見送りながら、ジュリエットがふふと笑った。
「青春ですわぁ。わたくし、お弁当を持って応援に行きますね!」
「もしかして面白がってる? 子どもの運動会じゃないんだから。茶化さないでよ」
オリアーナは、面倒事の予感がして肩を竦めた。
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