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「オリアーナ。出来損ないのお前がようやく役に立つときが来たぞ」  ある日の夕食の時間。食卓を一緒に囲う父が、開口一番そう言う。普段は全くと言っていいほどオリアーナに話しかけず、関心さえ示さないのに。  嫌な予感を抱きつつ言葉の続きを待っていれば、彼は髭の生えた顎をしゃくりながら玲瓏と告げた。 「お前にはレイモンドの身代わりになってもらう」 「――身代わり、ですか?」 「ああ。レイモンドのフリをして魔法学院に通うんだ。いいな?」  どうせ、拒否権などないくせに、と下唇を噛む。  オリアーナとレイモンドは、アーネル公爵家に双子として生まれた。レイモンドは類まれな魔力量を有し、光魔法を巧みに扱うことができた。  彼が公爵家が始まって以来の逸材としてもてはやされる一方で、姉のオリアーナは非魔力者だった。オリアーナはいつも天才の弟と比較され、『出来損ない』だと揶揄されてきた。  しかし、レイモンドが魔法学院に首席合格したころ。元々虚弱体質だった彼は、急激に体調を悪くし、伏せってしまった。  魔法学院は、どんな理由があっても休学できる期間は三ヶ月までと決まっており、それを超過すると退学となる。両親は、せっかく合格したのが無駄になり、レイモンドの心が折れてしまうのではないかと案じた。……いや、それは建前で、自分の息子に魔法学院卒業の箔をつけたいのが本音だろう。  そこで白羽の矢が立ったのが――出来損ないのオリアーナである。 「レイモンドの代わりなんて、とてもできません。私は非魔力者なんですよ」 「心配は無用だ。――これをお前に預ける。出来損ないのお前でも、多少の魔法を行使できる」  父はオリアーナの前にペンダントを置いた。 (これは……アーネル公爵家の家宝の……)  チェーンに、アーネル公爵家の家宝である魔法石が通してある。その石は、非魔力者であってもある程度の魔法を行使できるという代物。古代魔道具で、国宝級の価値がある。アーネル公爵家が武勲を上げたときに、王家から下賜されたものだ。  出来損ないと嫌悪するオリアーナに家宝を託すほどだから、両親も余程切羽詰まっているのだろう。  オリアーナはペンダントに触れずに、両親に向かって言った。 「それほど魔法学院卒業の名誉がほしいですか? 今は修学に執着せずに、レイモンドの治療を最優先にすべきでは。彼なら、どの学校に行っても能力を伸ばすことができるでしょう」 「まぁ、なんて生意気な子……」  母は眉をひそめ、軽蔑するように目を細めた。 「私は始祖五家の一員として、替え玉入学を引き受けることはできません。嘘は必ず露見します。伝統ある家門に泥を塗る真似を私にさせないでください。お考え直しを」  オリアーナの意見は、至極真っ当だった。しかし母は、眉間に深く皺を刻んだ。 「そんなにレイモンドの足を引っ張りたい? 学院を卒業することは、あの子の将来に欠かせないのよ! 分かるでしょう!?」  オリアーナは膝の上で拳を握った。 (違う。本音は、高学歴で有能な息子を持つ名誉がほしいだけ……)  両親はレイモンドのことさえ心から愛してはいない。自己顕示欲を満たすための都合のいい道具としか思っておらず、表面的な愛を注いできた。  物言いたげに両親のことを見ていると、父がばんっとテーブルを叩いた。 「その顔はなんだ? オリアーナ。先日あれだけ躾てやったというのに、まだ足りないか?」 「…………」  父に続いて、母も畳み掛けてくる。 「断るとは言わせないわ。出来損ないのあなたをここまで育ててあげた恩に報いるべきよ」  ここまでオリアーナを育ててくれたのは、両親ではなく、心優しい乳母だった。両親はオリアーナには目もくれず、馬鹿にするばかりだったのに、こういうときだけは自分たちを棚に上げる。オリアーナにとって両親は、血の繋がりがあるだけの他人みたいなものだ。 「あなたはレイモンドが可哀想だと思わないの?」  レイモンドのことは大事だ。彼はこんな家庭で育ったのに捻れておらず、とても優しい。  今も私室のベッドで横になっているレイモンドを頭の中で想像する。 (笑わせないで。……私が身代わりになったって、レイモンドが喜ぶはずない)  婚約破棄の罰と称して両親に折檻された身体の傷が、ずきずきと疼く。ここで断ったとしても、オリアーナが頷くまで彼らは何をしてくるか分からない。どの道、選択肢はないのだ。  オリアーナは、テーブルの上のペンダントを首にかけて頷く。 「分かりました。私がレイモンドを演じます」  ◇◇◇ 「両親の頼みを聞く必要なんてありません! 身代わりなんて、そんな無茶な……。不正が明るみになれば、姉さんまで咎められることになるんですよ。父さんたちは何を考えてるんだか……」  夕食のあと、レイモンドの部屋を訪れる。案の定彼は、替え玉入学に猛反対した。  金髪金眼の儚げな美貌の青年は、双子の弟のレイモンドだ。男女の双子なのに、鏡を映し合わせたように似ている。  大雑把で男らしいオリアーナに対し、レイモンドは慎重派で繊細だった。見た目は瓜二つなのに、まとう雰囲気は違う。 「姉さんに迷惑をかける訳には……ゲホッゴホッ」 「落ち着いて、レイモンド。身体に障る」  苦しそうに咳き込むレイモンドの背中を擦る。寝台の横に椅子を置いて、腰を下ろした。 「そうやって両親の言いなりになって、姉さんの人生はそれで……いいんですか」 「…………」  今までもずっと、両親の言いなりになって生きてきた。いつも周りの顔色を窺って。有能な弟と比べられ続けてひどいことを言われても耐えてきた。  体が弱いレイモンドを両親の元に置いて自分だけ逃げることが、オリアーナにはできなかったのだ。可愛い弟を守りたいから、家を追い出されないように両親の顔色を窺ってきた。 「大丈夫。姉さんに任せて。レイモンドは何も心配せずに静養していたらいい」 「姉さん……」  今ひとつ納得していないレイモンド。  気まずくなって目線を逸らすと、寝台近くのチェストの花瓶に薔薇が生けてあった。水に濡れたみずみずしい花弁が、質素な部屋を華やかにしてくれている。  更に、テーブルの上の包みに目が留まった。 「これは?」 「魔法学院から制服が届いたんです」 「……そう」  開封済みの亜麻色の紙の包装の中に、魔法学院の制服が収められていた。黒のブレザーに同色の細身のスラックス。白いシャツと紫のベスト。――それから、胸に付ける校章が付属している。 (この制服を、私が着るのか)  ブレザーをそっと手に取り、眉をひそめた。  魔法学院は、ヴィルベル王国最難関といわれる名門魔法教育機関で、十六歳から十九歳までの生徒たちが通う。レイモンドは首席で合格し、この制服も本来は彼が着るためのものだった。しかし――。  春から学院に通うのは、レイモンドではなく――非魔力者のオリアーナだ。そしてそれは、病に伏せった彼の身代わりとして……。
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