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  「よし、オリアーナ嬢。どっちの方が精霊を見つけられるか勝負だ!」  修行四週間目。精霊を扱う技術は磨かれ、魔力核移植に向けての仕上げの段階に入っていた。  今日の保護役は――リヒャルド。彼は修行の際もやたらと張り合ってこようとする。負けず嫌いで闘争心が強いのは、レイモンドに対してだけではなかった。 「……十二体、かな」  オリアーナが神木の周りを浮遊する精霊を数えて答えた。 「俺には小っこいのがあと三体見えるぜ。俺の勝ち! はははっ、まだまだだな!」 「はい。まだ王子には敵いません。完敗です」 「そうだろうそうだろう!」  煽てると、彼は気分が良さそうに鼻を鳴らした。彼は単純なので扱いが楽でいい。すると、リヒャルドは大人びた表情で精霊たちを見上げて囁いた。 「――愛おしいな。精霊は」 「愛おしい?」 「ああ。どこまでも自由で、あるがままにたゆたっているだろ? 人にはエゴがあるが、精霊たちは愛のまま存在していて……その無垢さが……愛おしいんだ」  リヒャルドは王族として、ギスギスした身分社会の中を生きている。彼は飄々としているように見えて、意外と物事をよく見ている。悟ったような彼の表情は、年不相応だった。 「リヒャルド王子も……素敵だと思いますよ」 「俺が?」 「はい。感受性豊かで、いい意味で子どものままというか……。どろどろした世界に染まらない無垢さは、大勢の人たちに愛されるものです」 「……はは、どうも」  彼は大人びた表情のまま、ふっと目を細めた。 「もう来週か。施術の日は」 「はい」  魔力核の移植の当日は、レイモンドを神殿に連れて来て、神気が充ちたこの木の下で行う。 「上手く……いくかな」 「大丈夫さ。あんなに生き生きした精霊が力を貸してくれるんだから。不安に思うことなんて一つもない。信頼しろ」 「そうですね。信じます」 「さ。今日の課題やっちまおーぜ」  オリアーナは立ち上がり、神木を見上げて言った。  《――光よ(ライト)》  黄色の淡い光が、かざした手の上に現れる。頭の中のイメージを精霊たちに伝えると、精霊たちが光の元に集まって来て光の粒を受け取った。彼らは四散して、木のあちこちを光で彩った。繊細な輝きを放つ神木は幻想的で、オリアーナとリヒャルドは息を飲んだ。 「リヒャルド王子」 「なんだ?」 「長々付き合っていただいて、ありがとうございました」 「水臭いこと言うなよ。友達なんだ、当たり前だろ?」 「そのお言葉、ありがたく頂戴させてもらいます。このご恩はどこかで必ず」  にっこりと微笑みかければ、リヒャルドは僅かに目を泳がせて赤面するのだった。  遂にオリアーナは、精霊の力で目には見えない光の粒子を移動させることに成功した。魔力も光も、同じエネルギーの塊だ。つまり、魔力核の移動も可能だということ。  ――あとは、本番を迎えるのみだ。  ◇◇◇  そして、魔力核移植の当日を迎えた。  空は雲ひとつなく澄み渡っている。  施術に立ち会うのは、エトヴィンにセナ、それから聖女ユフィーリアだ。両親には何も伝えていない。レイモンドはかなり憔悴していて、神殿まで来るのも一苦労だった。馬車の揺れで辛そうにするので、何度も休みを挟んでやっとだった。 「すみません、セナ。運ばせてしまって……。重くはありませんか?」 「いいや。お前はもっと食べた方がいいくらいだ」  痩せ衰えたレイモンドを背負いながら、セナは眉を寄せた。神木の根元にレイモンドを座らせる。彼はゆっくりと深呼吸した。 「ここは磁場がいいですね。心が落ち着きます」 「レイモンドはそのまま楽にしていて。施術を始める準備をするから」 「あまり気負いすぎず。姉さん」 「うん」  オリアーナは目を閉じて瞑想を始めた。まずは体の中の気を整えることが大事だ。三十分瞑想をすると、精霊たちの存在をより濃く感じた。オリアーナはレイモンドを見下ろしながら言う。 「――始めるよ」 「……はい。お願いします」  セナとユフィーリア、エトヴィンをそれぞれ見る。彼らは鋭い眼差しで、「応援している」という意思を伝えて来た。大丈夫。この人たちがいてくれるならきっと、何も心配することはないだろう。そっと神木を見上げながら、精霊たちに念を送る。 (レイモンド・アーネルの体内にある余分な魔力核を、私の身体の中へ) 『はーい! 了解だよぅ!』  子どものような声が頭の中に響く。しかしその声は、オリアーナにしか聞こえていない。淡い光がレイモンドを包み込み、彼の胸の奥にすっと入り込んでいく。そして間もなく、レイモンドから取り出された光がオリアーナの体の中に入った。 『できたよ〜!』  精霊たちはオリアーナの体の中をすり抜けて神木へ戻って行った。胸の奥に、これまで感じたことのない熱を感じる。その刹那、オリアーナの瞳が金色に光った。それを見てユフィーリアが声を上げる。 「オリアーナさん! ――聖女の宣誓を!」  前回の洗礼の儀は失敗してしまったが、今なら成功するかもしれないとユフィーリアは踏んだようだ。  《――天の精霊たちよ。地に眠る偉大な始祖の御霊よ。我を聖女として認め、その証を示せ》  すると、オリアーナの右の手首に聖女を示す金色の五芒星の紋章が浮き出た。洗礼の儀とは、この聖女の証を発現させること。オリアーナはこれでようやく、次期聖女として正式に認められたということになる。しかし今はそんなことよりレイモンドの方が重要だ。  オリアーナは振り返り、エトヴィンに確認した。彼は、魔力核を目視する能力がある。 「魔力核は無事に移動した。成功だ」 「…………!」 「レイモンド。体の具合はどうだ?」 「まだ……よく分かりません。ただ、胸の圧迫感が少し和らいだ気がします」 「そうか。これから少しずつよくなっていくからな。安心しろ」 「ありがとうございます」  安堵したような表情を浮かべたレイモンドを見たら、つんと鼻の奥が痛くなった。ひとまず、レイモンドの体を苦しめる根本原因は解決したようだ。あとは、彼の自然治癒力に任せるのみ。 「姉さん。魔法は? 魔法は使えるようになりましたか……?」    移植が成功したなら、オリアーナは魔法石に頼らずに自分の魔力で魔法を使えるはず。胸に引っ提げていた魔法石のペンダントを外して、セナに預ける。そして、唱えた。  《――光の祝福(ブレッシング)》  すると、目の前に金色の蝶が現れた。羽をひらめかせながら、一同のことを囲うように飛び光の粒になって消えた。魔法石に頼らない、オリアーナ自身の魔法だ。始祖五家の出来損ないと言われ続けてきたオリアーナにとって――初めての。  可憐な蝶を見たレイモンドは、少しだけ泣きそうになりながら言った。 「よかった。……姉さんが本来の力を取り戻せて。本当によかった……」  はぁと大きく息を吐く。彼は自分の病気のことよりも、オリアーナが魔法が使えることになったことの方が嬉しいように見えた。つくづくレイモンドは、お姉ちゃん子だ。  ◇◇◇  屋敷には、セナとレイモンドの三人で帰った。すると玄関先で両親が待ち伏せしていて、オリアーナの姿を見るやいなや眉間に皺を寄せた。 「この出来損ないがっ!」 「――っ」  セナがいる前で、父親に打たれるオリアーナ。眠っているレイモンドを背負っているセナは、娘に手を上げる公爵を見て絶句している。オリアーナは今までに一度も、家族から暴力を振るわれていることを彼に言ったことがなかったから。  両親が怒っている理由はよく分かっている。 「レイモンドを勝手に連れ出して、申し訳ございません」 「ごめんで済んだら警察は要らないのよ。あんた何考えてるの!? 病気の弟を連れ出して、具合が悪くなってどうにかなったらどう責任取る気!?」  母が声を張り上げ、オリアーナの髪を鷲掴みにする。その光景に、後ろに控えている使用人たちはドン引きしている。  魔力核の移植については、両親にひと言も言っていない。もし打ち明けたら、オリアーナのことなど端から信用していない彼らは頭ごなしに否定していただろう。 「レイモンドなら無事です。疲れて眠っているのであまり声を上げないでいただけますか」 「生意気な口を利くんじゃない! あんた、私たちに迷惑ばかりかけて、家を追い出されたいの?」 「……申し訳ありません」  オリアーナはセナの方をちらりと見て、レイモンドを部屋に連れて行くように促した。すると、両親の叱責する声にレイモンドが目を覚ましセナの背から降りた。レイモンドは両親の前まで歩いて、冷たく言い放った。 「姉さんは出来損ないではありませんよ」 「え……?」  レイモンドはオリアーナの袖を捲り、手首に浮かんだ聖女の紋章を見せつけた。両親は五芒星の痣を見て、言葉を失った。今まで散々出来損ないだと小馬鹿にしていた娘が、聖女に選ばれたから。  聖女は、始祖五家や王家とも別格の存在。教会のトップとして、信仰される唯一無二の地位だ。両親は顔を見合せオリアーナに駆け寄った。 「そんなはずは……」 「だってこの子は、魔法が使えない生まれ損ないで……。オリアーナ! その手を出しなさい!」 「痛っ……」  母はオリアーナの手を取り上げ、腕の紋章を無理やり擦って確認した。それが本物だと分かると、彼らは満面の喜色を湛えて。 「よ、よくやったわね……! オリアーナ!」 「でかしたぞ。さすがは我が子だ!」  あまりの変わり身の速さで、ちょっと気持ちが悪い。すると、レイモンドが両親を引き剥がした。 「今更よくそんな態度が取れますね。どこまで浅ましい方なのでしょう。いっそ笑えてきますね。――次期聖女様に軽々しく触れないでいただけますか。アーネル夫妻」 「は……?」 「彼女への不敬は、たとえ血の繋がった両親であろうとも容赦しません。始祖五家アーネル公爵家新当主として」  レイモンドはそう言って、袖を巻くって手首に刻まれる金色の十字の紋章を見せた。  始祖五家の爵位継承のルール。それは、手首に十字の紋章を持つ人が、当主を務めるというもの。ついこの間、薄く現れ始めていたレイモンドの紋章は、今はくっきりと刻まれている。  レイモンドが更に続ける。 「もうあなたはこの家の主ではありません。新たな当主として命じます。――すぐにこの家を出て行ってください。次期聖女候補だった方に、不当な仕打ちをしていた件はいずれ知れ渡るでしょうね。あなた方は世間から白い目を向けられながら反省してください」  父親は慌てて手首を確認する。彼の手首の紋章は消失していた。普通、紋章は死ぬまで消えない場合が多く、当主の死亡とともに代替わりになるのだが、父の場合は、神に始祖五家当主の資格なしと見做されたのだろう。  聖女の娘への仕打ちが露見し、息子にも絶縁されたと知られれば、間違いなく社交界での立場を失うだろう。プライドが高い人たちだ。周りからの批判に耐えられるとはとても思えない。 「――金輪際、姉さんや僕の目の前に現れないでください」 「はははっ、どうして俺たちが出ていかなければならないんだ! 父親だぞ……?」 「そうよ。私たちは一生懸命あなたたちのことを育ててきたのに、出ていけなんて……そんなのあんまりよ」  しかし、レイモンドは聞く耳を持たなかった。 「姉さん、部屋へ戻りましょう。両親に残す言葉があれば、自由になさってくださってかまいませんが」  オリアーナは両親を見据えた。顔を青白くさせて、「許してくれ」とみっともなく縋ってくる彼ら。今まで横柄な態度を取ってきた彼らの情けない姿に肩を竦め、彼らの前に立った。 「……私はずっと、あなたたちに認められたかった。生まれ損ないでも、大事な娘だと……思われたかったんです。もしかすると、だからあなた方の顔色を伺っていたのかもしれません。でももう、いいです。両親から与えられなかった愛情は、他の人たちがめいいっぱい与えてくれましたから。もう私も、両親に愛情を求めるのはやめます」 「そんな……っ。愛してるわ! オリアーナ!」  口先だけの愛で救いを求める母。オリアーナは苦い表情で目を逸らして、「お元気で」と別れの言葉を告げ、踵を返したのだった。――オリアーナを養子にしたいと打診してくれた、ガードル夫妻に会いに行くことを決意して。
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